剪定作業@明石市 大いに伸びた木々たち



なかなか記事を書く時間が無くて、紹介したい現場も紹介しきれていないですが、ぼちぼちと少しずつでもUPしていければと思います。

明石市の現場です。
よく茂っています。おそらく5年以上は剪定をせずにいたと思います。
でもそれは決して「悪い事」ではありません。



庭木は、ほぼ本来の自然樹形に戻り、枝葉を縦横に伸ばして、よく見ると隣の木同士の枝はぶつからないように上手く譲り合っています。
「木のてんこ盛り」状態になっていて、個人的には、とても楽しげな感じです。
見ていて楽しくなります。



人を寄せ付けない森のよう。
でもよく見ると入り口があって、この中に入ってみれば、木に囲まれた別世界のようになっています。
「となりのトトロ」でメイが迷い込んだ世界のような感じです。

こんな所に入って行くと変な虫がウジャウジャいるのでは?という想像もされると思います。
この現場は夏に作業させて頂きましたが、これくらいの年数、自然に置かれていると毛虫なども大量発生しなくなり、人の視界でざっと観察する範囲では「何も気にならない」程度になっています。
キャンプ用のコットやハンモックで昼寝しても良いと思える程に清潔な感じです。

もちろん、よく観察すると、驚く程の虫たちが居るはずですが、森の中で虫がウジャウジャ居た、という思いをあまりした事が無いように、一見して、その姿は見当たりません。虫は見えない所に隠れています。
いつもこういう現象は不思議だなと思います。



そして、地面を見ると清潔さも感じます。落ち葉が体積して下の方は腐葉土になっています。
下の土は団粒化していて、雨の浸透性も良く、滞った感じがしない事が「清潔さ」に繋がっているのだと思います。
滞っていないと環境は腐敗せず、発酵します。好気性の菌類が増え、嫌気性の有機ガスも無く、土が熟成されて行きます。
目に見えない世界では環境は「生かし合う」方向へと進んでいます。
そういう環境の中に身を置いていると、とても心地良い気分になります。「昼寝」が出来そうだと思うのもそのせいです。
掃除していない部屋よりも放置した自然環境の方が圧倒的に清潔だと思います。

余談ですが(余談ばかりですみません)土の中には様々な菌類が居て人に有害な種類もいます。
体内に入ると人は免疫力でその力を無力化して害が出ないようにしています。
実際に話を聞きましたが、現代医療ではその菌を入れないか、入ると投薬で良い菌もろとも殺菌する方法が取られます。
免疫力を上げる方法は考えの中に入っていないようです。

現代人は現代生活がもたらす様々な事柄が原因で免疫力が低下していて、有害な菌類に対しての抵抗力が低下しています。
そして、菌類に触れない「殺菌」の考え方はそれを助長しているように思います。

例えば人間の皮膚には様々な菌類がいます。
手のひらの皮膚の1センチ角の面積に約400万個の常在菌が検出されたケースもあります。
全身の皮膚、頭皮、口内、鼻腔内、耳腔内、腸内、肺、血液、リンパ、関節・・・。様々な場所で菌類やウイルスは人体の細胞と共生しています。

その数は人体細胞の数と同じくらいか、それ以上とも言われています。
人体がそういう造りになっている以上「殺菌」の考え方は、この事からしても不可能と言えると思います。
無菌状態がもたらすものは抵抗力のない無防備な状態です。
発想を真逆にして、有用に働く菌類や微生物と積極的に共生する方向へと転換した方が良いと感じます。
免疫力が高いとあらゆる病気に負けない身体づくりができます。



さて、事情が許せば、このまま自然に任せていると日の当たらない下枝は枯れ、その分上へと枝を伸ばし、最終的に木の種類による高低差へと落ち着き、全体のバランスも完全に安定した状態になりますが、住宅地の庭という環境のため、そういう訳にもいきません。

しかし、個人的にはそういう(剪定しない)方向性になれば良いと思っています。
必要最低限の剪定(安全性の考慮)のみを施し、必要以上に伐採する事を見直せば、街全体が剪定という管理作業から解放され、神社や森にあるような大木が街中にあり、森の中に街があるという環境が造られるのではないでしょうか。

実際に林道へ行くと道の脇の大木が両側から枝を伸ばして木のトンネルになっている所が多くあります。
その様な環境は景観的にもとても心地良いですし、自然環境を考えても虫や鳥類などが多く生息できる環境が得られます。
枯れ枝や落ち葉は道路に落ちてきますが、台風など大風が来ない限り生枝が落ちてくる事はありません。
実際にそういう環境になってみれば、スピード優先、経済優先の価値観から、もっとゆっくり、慌てなくても良い社会へと転換できるのではないでしょうか。
日本は世界一働く時間が長い国です。
人生の殆どの時間を仕事に費やしているようです。
自分の事や家族の事よりも仕事を優先する風潮は、まだまだ現代日本の常識として根付いている様に感じます。
「ゆっくり生きる」という事は、何よりも「心を大切に生きる」という事だと思います。
本当に大切なのは、経済よりも「一人ひとりの心(内側の環境)」だと思います。
それを最優先できる社会が「街の環境」という「外側の環境」に現れ始めた時に、「日本も変わり始めたな」と思えるのではないでしょうか。

そして、安全性への考え方にも変化がもたらされ、「殺菌」のような「危険な要素は全て取り除く」という発想自体が見直されるのではないかと思います。
それはリスクを受け入れ、それに害されることの無い環境づくり、リスクよりもそれがもたらすメリットを優先する環境づくりができる社会へと転換して行ける考え方ではないかと思います。
この事は長くなりますので、少しずつ、また別の機会に記事に出来ればと考えています。



自然に最終変遷を任せる事ができれば良いのですが、その期間が数十年かかる場合、今の社会の感覚ではそれは難しい事です。
人為的に剪定をしますが、それでもこの庭が管理されていた時のような状態には戻しません。
それぞれの木の根は枝を伸ばす事でそれに合わせた根を伸ばし、枝や幹も太くなっています。
維持管理されていた当時のサイズでは無理がある事と、既に自然形樹形に戻っている事で、現状に即した剪定をします。
近隣にはみ出している枝を敷地内に収め、混み合っている枝を整理して、光と風を通します。



年に一度のメンテナンスを想定して、その間の伸びしろも考えて剪定をします。
最終的にどれくらいの大きさで管理して行くか、様子を見ながら数年かけてそれを調整して行きます。



とても良い日本庭園です。40年から50年程前に造られたものだと思います。
光も良く入るようになって、風通しも良くなりました。



日本庭園は自然の風景をコンパクトに庭に落とし込んだものです。
海、山、川、平地がスペースに合わせて落とし込まれます。
このお庭にも、手前に池が造られています。
今は水もあまり溜められていなくて上手く使われていない様でしたが、庭に池やビオトープがあると生物の多様性もその裾野は格段に広がります。
その池が浸透性を保った自然に近い池であれば、植生も多様化し、両生類や昆虫の種類も増え、鳥も集まって来ます。
タガメやゲンゴロウといった水生昆虫も都市開発や農薬や街灯などの影響により生育環境が悪化して今はその数が激減し、絶滅危惧種に指定されています。
野生の姿を見たことがある人は少ないと思います。

「庭」という環境は、これからの時代、とても多くの可能性を秘めていると思います。
小さな自然が生き生きと都会の中に点在する事で、綻んで行く生態系の連鎖がまた紡がれ始めるかもしれません。

都市部に造られた庭では杉や檜などの資源木はあまり植えられる事は無く、逆に現在の山よりも植生が多様化すると思います。
平野部では一級河川が街中を巡り、豊富な水と肥えた土があります。
鳥や動物が種を運び、人の営みが無ければ、あっという間に平野部は森になると思います。
例え人の営みがあったとしても、そこに自然と共生する環境が築けるのではないかと思います。
今思う事は、はたして、どうすればそこにレールを切り替えられるのだろう、という事です。
ずっと考えていました。そして今は、思いつく限りのことをやってみています。
そして、その答えも、自分の中では明確になりつつあります。

自分を含め、人が意図的に何か(外の環境)を変えようとしても、それは徒労に終わる事が多いと思います。
社会や政治や経済が絡まっている環境というものは、それを変えようという事はとてつもなく大事です。
とても大きなエネルギーを集め、それを駆使しても、それをさらに上回る力というものが存在していたり、そもそもそんな大きなエネルギーを集める事自体が難しい時代でもあると思います。

「自然の成り行き」というものは「良い方向にしか向かわない」のではないかと、何となく今は感じています。
これまでの地球の変化をみてみても、例え途上に「破滅的な何か」があったとしても、その先にあるものは「蘇生して行く自然」しかあり得ませんでした。
たかだか数千年の文明社会は自分達が生きる環境は破壊できても、45億年の自然の営みを破壊する事はできないと思います。
持続不可能な文明には限りがあります。
でもその先にあるものは、持続可能な文明しかあり得ないのではないでしょうか。
そしておそらく、もう既にそこに向かって進み始めているのではないかと思います。
「なんだ、じゃあもう自然に任せていれば良いね」という心境になって来ています。
自分は自分の身の回りの仕事をする。
「なんだ、それだけで充分なんだ。よかった、よかった。ぼちぼちやろう、マイペースで行こう」
と思う今日この頃です。






I don't have much time to write articles, and I haven't been able to fully introduce the sites I want to introduce, but I hope to improve them little by little.

This is the site of Akashi City.
It is overgrown. Perhaps I haven't pruned for more than five years.
But that's not a bad thing.



The garden tree has returned to its original natural tree shape, and the branches and leaves are stretched vertically and horizontally.
It's in a state of "heaps of wood" and it's a very fun personal experience.
It will be fun to watch.



Like a forest that keeps people away.
But if you look closely, there is an entrance, and when you enter inside, it looks like another world surrounded by trees.
It's like a world where Mei lost in "My Neighbor Totoro".

When you enter such a place, there are strange insects? I imagine that.
I worked on this site in the summer, but for so many years, caterpillars etc. did not occur in large quantities when placed in nature, so that it was `` not minding anything '' within the range of a quick observation with human vision It has become.
It feels clean enough to take a nap in a camp cot or hammock.

Of course, if you look closely, you will find surprising insects, but at first glance, you can't find them, as if you've never thought that insects lived in the forest. Insects are hiding out of sight.
I always think this phenomenon is strange.



And when I look at the ground, I feel clean. The fallen leaves are volume and the lower one is humus.
The soil below is agglomerated, has good permeability to rain, and does not feel stagnant, which leads to "cleanliness".
If not stagnated, the environment will not rot and will ferment. The aerobic fungi increase, and there is no anaerobic organic gas, and the soil matures.
In an invisible world, the environment is moving in a direction of "live-to-live."
Being in such an environment makes you feel very comfortable. That's why I think I can take a nap.
I think that the natural environment left untouched is overwhelmingly cleaner than the room not cleaned.

As an aside (sorry for the aside), there are various fungi in the soil and some are harmful to humans.
Once inside the body, humans use their immunity to neutralize their power and prevent harm.
As I heard, modern medicine uses a method that does not allow the bacteria to enter, or when entering, kills both the good bacteria with medication.
It doesn't seem like a way to boost immunity.

Modern people have reduced immunity due to various things brought about by modern life, and have reduced resistance to harmful fungi.
And I think that the concept of "sterilization" that does not touch fungi promotes that.

For example, there are various fungi on human skin.
In some cases, about 4 million indigenous bacteria have been detected in a 1 cm square area of ??palm skin.
Systemic skin, scalp, mouth, nasal cavity, ear cavity, intestine, lung, blood, lymph, joints ... Fungi and viruses coexist with human cells in various places.

The number is said to be equal to or greater than the number of human cells.
I think that the concept of "sterilization" is impossible from this point as long as the human body has such a structure.
What sterility brings is an unprotected, defenseless state.
I think that it is better to reverse the idea and change to a direction that actively coexists with useful fungi and microorganisms.
High immunity can create a body that can withstand all diseases.



By the way, if circumstances permit, if you leave it to nature as it is, the lower branches that do not shine will die, extend the branches up by that amount, eventually settle to the height difference depending on the type of tree, and completely balance the whole It will be stable, but that's not possible because of the residential garden environment.

However, I personally want to be in that (non-pruning) direction.
If only the necessary minimum pruning (consideration of safety) is applied, and the logging is overreviewed, the entire town is freed from the management work of pruning, and there are large trees like shrines and forests in the town. Isn't there an environment where there is a city inside?

When you actually go to a forest road, there are many places where large trees beside the road extend branches from both sides to form a tree tunnel.
Such an environment is very comfortable in terms of scenery, and even if you consider the natural environment, you can get an environment where many insects and birds can live.
Dead branches and fallen leaves fall on the road, but live branches do not fall unless a large wind such as a typhoon comes.
If such an environment were to be created in practice, wouldn't it be possible to shift from values ??that prioritize speed and economy to a society that would be slower and more comfortable without panic?
Japan is the country with the longest working hours in the world.
He seems to spend most of his life at work.
I feel that the tendency to prioritize work over myself and my family is still common sense in modern Japan.
I think that "to live slowly" means "to live with care for the heart" more than anything else.
I think that what is really important is not the economy but the individual mind (the inner environment).
When a society that can prioritize it begins to appear in the “outside environment” of the “city environment,” you may think that “Japan has begun to change.”

And I think that the way of thinking about safety will be changed, and the idea of ??"eliminating all dangerous elements" such as "sterilization" itself will be reviewed.
I think it is a way of thinking that can be shifted to a society that accepts risks, creates an environment that is not harmed by it, and creates an environment that prioritizes the merits it brings over risks.
Since this will take a long time, I hope to be able to write articles little by little on another occasion.



It would be nice to be able to leave the final transition to nature, but if it takes several decades, it is difficult in the sense of society today.
The pruning is done artificially, but it does not return to the state it was in when the garden was managed.
The roots of each tree grow by extending the branches, and the branches and trunks are also thickened.
The size at the time when it was maintained is unreasonable, and since it has already returned to its natural form, pruning is performed according to the current situation.
Branches protruding into the neighborhood are stored on the premises, crowded branches are arranged, and light and wind are passed through.



Assuming maintenance once a year, pruning is performed with consideration given to the extension during that time.
Over the course of several years, we will adjust the size while managing how much it will eventually be managed.



It is a very good Japanese garden. I think it was made about 40 to 50 years ago.
Light came in well, and ventilation improved.



The Japanese garden is a compact, natural landscape.
The sea, mountains, rivers and flats are dropped according to the space.
This garden also has a pond in the foreground.
Nowadays, the water is not well collected and it is not being used well, but if there is a pond or biotope in the garden, the diversity of biodiversity will be greatly expanded.
If the pond is a natural pond that retains permeability, vegetation will diversify, amphibians and insect types will increase, and birds will also gather.
Aquatic insects, such as turtles and beetles, have deteriorated in their growing environment due to the effects of urban development, pesticides and street lamps, and their numbers have dropped sharply, making them designated as endangered species.
I think few people have seen the wild.

I think the "garden" environment has so many possibilities in the coming era.
With small nature alive and scattered throughout the city, the dying ecosystem chain may begin to spun again.

Resource trees such as cedar and cypress are not often planted in gardens built in urban areas, and on the contrary, I think that vegetation will be more diverse than the current mountain.
In the plains, first-class rivers run around the city, with plenty of water and fertile soil.
If birds and animals carry seeds and there is no human activity, the plain will quickly become a forest.
Even if there is a human activity, I think that an environment that coexists with nature can be created there.
What I think now is how can I switch the rails there?
I've been thinking for a long time. And now I'm doing everything I can imagine.
And the answer is becoming clearer within me.

Even if people, including myself, intentionally try to change something (the outside environment), I think that in many cases, it ends up in vain.
In an environment where society, politics and the economy are entangled, it is incredibly important to change it.
Even if we collect a very large amount of energy and make full use of it, there are still more powers than that, and in the first place it is difficult to collect such a large amount of energy.

Somehow I feel now that the "natural outcome" is only going in the right direction.
Looking at the changes in the Earth so far, even if there was something "catastrophic" on the way, what was beyond it could only be "natural reviving".
I believe that a civilized society of up to thousands of years can destroy the environment in which they live, but cannot destroy the life of nature for 4.5 billion years.
Unsustainable civilizations are limited.
But what comes after it can only be sustainable civilization?
And probably, you're already starting to get there.
The feeling is "What's up, let's just leave it to nature."
I do work around me.
"Why, that's enough. Good, good. Let's do it at your own pace."
I think this is around this time.

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