ナチュラルガーデン お茶会 2019・10



10月も終わりのある平日、大阪のお客様のお庭で小さなお茶会を開催させて頂きました。

前日の雨もあがり、とても良い天気の中、主催のオーナーさまから、集まって頂いた皆さんにランチとお茶を振る舞っていただき、僕もハーブ入りの美味しい紅茶を頂きました。
ヴィーガンのため、ランチはご一緒できませんでしたが、こういう時はこだわりを置いておいて、ご一緒させて頂いた方が良かったかと、少し思っています。
何かに執着し過ぎるのも、あまり良くないかも知れませんね。

皆さんがランチをしている間、お庭のメンテナンスを少しする事ができました。
以前頼んでいた植木屋さんにチョンチョン(短く)に剪定されていて、あまり好みではないとの事で「森のようにしたい」というお施主様の想いがあって、「なるべく木を切らずに、今は枝を伸ばしましょう」と提案させていただき、それからしばらく、ほぼ放置していた感じでした。

タイサンボクと梅の木は少し剪定させて頂いていましたが、その他の木は、生垣など多少の剪定をご自分でされていた以外は、切りたいのをじっと我慢してもらっていた感じです。

庭仕事がお好きで大抵の事はご自身でされる方ですので、我慢するのはとても忍耐が必要だったかもしれません。
それでもご提案通り「自然樹形」に戻していく方向で忍耐いただき、お庭の雰囲気も始めにお伺いさせていただいた時よりも、とても良い感じになっていました。



剪定枝や刈り草はせっせと地面に敷き込んで頂いていましたし、そのおかげで植栽部分の土はとても良い状態で団粒化していました。
一見すると、ワイルドな感じがするお庭ですが、そのままワイルド(野生)です(笑)。
そしてそれが、なんとも言えないホッとした雰囲気を感じさせてくれます。

あちこちに刈り草や枯れ枝が地面に敷かれ、木の根本ではそれが地面に馴染み、沢山の虫が居て、カタバミなどの野草や実生の木も沢山生えていて、その様相は自然のままという感じですが、そこにちゃんとお施主様の「意図」が加わり、本当に上手く共生してると感じました。
「思い通りにならないです」とおっしゃってはいましたが、それが普通ですね。
「そうですね」と軽く答えさせていただきましたが、自然相手に「思い通りになる」方が変だと思います。何故なら思い通りになるなら、それはもう自然では無いからです。

「好きなもの(園芸品種)」が消えてしまって「嫌いなもの(蔓延る草)」が増えるのは、それも庭からのメッセージとして捉えていただくと良いのではないでしょうか。
つい「好きなもの」に価値があると思ってしまいますが「嫌いなもの」の方が価値がある場合もあります。
環境を良くする為に「わざわざ」生えてきてくれてる草ですので、自然に埋もれてしまう必要はないですが、ストレスに思わずに上手く楽しんで頂けたら良いかと思います。
嫌いな草もよく見ると、とても綺麗だったと気付く事もあります(綺麗では無い草は思いつきませんが)。

大抵の場合、何かを嫌いなのは、それが「自分の意図の邪魔をするから」です。
「こうしたい」というエゴは、それを邪魔するものを嫌いになります。
でもそれは「価値」とは全く無関係なものです。
エゴの邪魔をするものは、それがあってはじめて自分のエゴに気づきます。
「思い通りにならない」事は、そこから学ぶことがあるから起こる事だと思います。
僕も思い通りにならないことだらけです。多くを学べと言われている気がします。
自分のエゴに気づき、自分の事を少し理解して、また外の世界へと目を向けて、それに気づけた事に感謝して・・・。
「いつまで続くのだろう?」と思いますが、果てしない道のりを行くのが本来の目的ならば、ただ進むしかありませんね。



また少し話しがズレました。すみません。

今回のお茶会は、以前僕が通っていたJAZZ教室の関係の集まりでもありました。
主催者さまは同じJAZZ教室の生徒さんです。
そしていつもお庭のメンテナンスをさせて頂いているJAZZ教室の先生ご夫妻と、先生にご紹介いただき、お庭の改装工事をさせていただいた先生のご友人の方との会でした。

嬉しい事に、久しぶりに先生ご夫妻の生演奏が聴けて、すごく感動しました。
教室に通っていた頃は「歌う事」を習うというのが初めてで、とにかく「右も左も分からない」という感じでした。
歌はぜんぜん上手くはありませんが「歌う事」は好きなので、ただ上手くなりたいという気持ちだけで通っていました。
レッスンでは色々な事を教えて頂きました。ボーカリストの気構えとか、声の出し方とか、感情についてなど、本当に様々な方面からご指導いただき、感謝しております。
アメリカで本場のJAZZを修められたプロのミュージシャンご夫妻です。JAZZボーカル、ピアノを習いたい方は是非オススメいたします。

JAZZという音楽は「セッション」の音楽だと思います。
テーマやフレーズを決めてそれを中心に各プレーヤーが様々な個性を持って共演するのが「セッション」だと思います。
多くの昔のJAZZミュージシャン達は、たぶん誰もが物凄く「個性的」で、多くのエピソードも残っています。
そんな個性的な人達の「セッション」は、凄くエキサイティングで面白いものであったようです。
それがまとまって1つの「曲」として完成するのは、とても興味深いものだと思います。

庭の生きもの達の「セッション」もまた興味深いものがあります。
「全く違うもの」どうしが共存する様子はJAZZミュージシャン達の「セッション」と似ているかも知れません。



そこに一つの「生きる」というテーマがあり、それを中心に演奏が繰り広げられます。

演奏者は誰もが「個性的」ですが、誰もがお互いを尊重し合います。
誰かがソロをとりはじめると、その他の演奏者はその後押しをして「全体」を支えます。
ボーカリストが主役という訳でもありません。ボーカル(身体)という楽器の演奏者です。
演奏者は言葉ではなく「音」で会話をしています。言葉を超えた「波動」や「エネルギー」とも言えると思います。

そういう感覚で庭を眺めてみると、木や草花にも「エネルギー」を感じるのではないでしょうか。
難しく考えないで「感じたまま」が答えだと思います。エネルギーは感じるものです。
大きな木を見て感じる感覚がそのエネルギーです。
小さな花を見て感じるものがそのエネルギーです。 誰でも感じるものだと思います。
何も感じない人はいないと思います。
その感じ方で庭を眺めてみてください。
強い感じ、優しい感じ、柔らかい感じ、硬い感じ。
好みとバランス、雰囲気、野性味、意図。
一つの曲が演奏されています。
自分もその「演奏者」です。

「言葉」は必要ありません。
「彼ら」は言葉を話しません。
「思考」も必要ありません。
「彼ら」は思考しません。
「感覚」のみ必要です。

お茶会では、お施主様に、それぞれのご自宅以外のナチュラルガーデンを見ていただけたのが本当に良かったと思います。
何かを感じて頂けたと思います。
「感じる事」は言葉以上の会話だと思います。
庭からのメッセージは、いつも「感じる気持ち」があれば受け取れます。
人間の話など、必要ありません。
テキスト本も必要ありません。

「セッション」です。
ただエネルギーというもので「セッション」が起こっています。
いつも。
いつでも。
演奏は続いています。

庭に吹く風、日の光。
それらも演奏者です。
街の喧騒、ざわめき、時間の流れ、めぐる季節、それらも演奏者です。
それらは庭に影響を与えます。
雰囲気を変え、メッセージをエネルギーで伝えます。

人は誰でもそれを感じる感覚を持っています。
得意、不得意、鈍い、鋭いもありません。
そんな人の能力は、どんな人でも大差はありません。
気持ちと、どこに意識を向けているかの違いだけだと思います。

演奏者は演奏に意識を集中しています。
エネルギーを感じようとしています。

お茶会はそこに集った人間たちだけで開催されたのではありませんでした。
そこに集った人間たちは自分たち以外の生きものとセッションしていました。

「感じる事」は「教えられる事」とは違います。「情報を得る事」とも違います。それらは「好き嫌い」あるいは「損得」というエゴのフィルターを通して感情を刺激します。

この記事を書いている時、一休みしてネットを見ていると、スエーデンの環境活動家のグレタ・トゥンベリさんの英国議会でのスピーチ記事に行き当たりました。
そして、それを批判する記事にも同時に行き当たりました。

グレタさんの事は少し前に「こんな高校生がいる」と聞いていましたが、調べたりせずに「そんな高校生がいるんやな」くらいに思っていました。
必要な事以外、なるべく「情報」には触れずに、自分の「感覚」を大事にしたいからです。
海外では日本と違い、環境問題に対しての意識が高いので、そういう活動家もいるし、運動も起きているとは思っていましたが、彼女のスピーチ記事を読み、それに対しての批判を見てみると「愕然とする」思いがしました。
グレタさんの訴えが正しい、間違いの問題ではなく、環境問題そのものに対する「関心がない」のだと感じました。
または「考えたくない」「知りたくない」「他人事」と思っている、とも感じました。

「何を訴えているのだろう?」「どういう状況に自分達はいるのだろう?」「真実は何なんだろう?」と、そこに向き合う事すらせずに「考える事」を放棄した「無感覚」の状態だと感じます。

「何も感じない」事に慣れ過ぎていて「言って欲しい事」を言ってくれる人に同調する。
「無感覚」「無感情」は深く眠っているのと何も変わりません。
朝起きて、仕事をしたり家事をしたりしていますが、それは身体や五感が心の反応に対応しているだけのロボットみたいなものです。

自分は「深く眠っている」のだと気づけた時に「無感覚」ではいられなくなると思います。

来年は2020年ですね。
環境問題にしても、社会状況にしても、人の意識にしても、どんどん変化がスピードを増して行くと思います。
我々は何処に向かって進んでるのでしょうか?
そろそろ「目を覚ます」時です。
「無感覚」の時代は終わりました。

皆さんを取り巻く環境が良いものでありますように。

次にもしお茶会の機会があれば「瞑想」などしてみても面白いかも知れません。
たぶん、もっとリアルに何かを感じる事ができるかも知れません。
すごく良い事を思いついてしまったかも知れないです。
楽しみです。

お茶会、ご参加の皆さま、ありがとうございました。
主催のWさま、色々とご準備ありがとうございました。
御礼申し上げます。






A small tea party was held in the Osaka customer's garden on a weekday that ended in October.

The rain of the previous day rose, and the owners gathered for lunch and tea, and I received a delicious tea with herbs.
I couldn't have lunch together because of vegan, but I was a little wondering if it was better to stay with me at this time and stay with me.
It may not be so good to be too obsessed with something.

I was able to do a little maintenance of the garden while you were having lunch.
The owner, who had been asking for before, was pruned into short (short), and he said that he did not like it so much that he wanted to make it like a forest. Now, let's extend the branch. "

I had a little pruning of Thai Sambaku and Plum trees, but the other trees seemed to endure the things I wanted to cut, except for some pruning myself, such as hedges.

I like garden work and most of the work is done by myself, so it might have required patience to endure.
However, as I suggested, I was patient in the direction of returning to the “natural tree shape”, and the atmosphere in the garden was much better than when I first visited.



The pruned branches and cut grass were laid on the ground, and the soil in the planted area was agglomerated in a very good condition.
At first glance, the garden feels wild, but it is wild as it is (laughs).
And that makes me feel relieved.

Mowed grass and dead branches are laid on the ground, and the roots of the tree are familiar with the ground, there are many insects, wild grasses and seedlings such as kathami grow, and the appearance remains natural I feel that the owner's “intention” was added to it, and I felt that I was really well symbiotic.
You said, “It does n’t go as you want,” but that's normal.
I answered “Yes” lightly, but I think it's strange to be “natural” with the other person. Because it is no longer natural if you get it.

It may be a good idea to see the message from the garden as “favorable things (horticultural varieties)” disappear and “dislikes (spread grass)” increase.
You may think that “what you like” is more valuable, but “what you don't like” may be more valuable.
It is a grass that has been grown “intentionally” to improve the environment, so it is not necessary to be buried in nature, but I hope you can enjoy it without thinking of stress.
If you look closely at the grass you hate, you may find it very beautiful (although you can't think of a grass that is not beautiful).

Most of the time I hate something because it "does disturb my intentions".
The ego “I want to do this” hate things that disturb it.
But it has nothing to do with “value”.
Anything that disturbs the ego will only notice its ego.
I don't think it happens because there is something to learn from it.
I'm full of things that don't go as expected. I feel like learning a lot.
Thank you for noticing your ego, understanding a little about yourself, turning to the outside world, and realizing it.
I think, "How long will it last?" But if the original purpose is to go on an endless path, there is no choice but to proceed.



There was a slight misunderstanding. I'm sorry.

This tea party was also related to the JAZZ classroom I used to attend.
The organizers are students from the same Jazz classroom.
It was a meeting with Mr. and Mrs. JAZZ classroom teachers who always maintain the garden and friends of the teacher who introduced the teacher and renovated the garden.

Fortunately, I was impressed to hear the live performances of the teachers and their wife after a long time.
When I was in the classroom, it was my first time to learn “singing” and it was just like “I don't know right or left”.
Singing isn't good at all, but I like singing, so I just went there because I wanted to be good.
I learned a lot from the lesson. I am grateful for the guidance from various aspects such as the attitude of vocalists, how to speak, emotions, etc.
Mr. and Mrs. professional musicians who have studied authentic Jazz in the United States. JAZZ vocals and those who want to learn piano are definitely recommended.

I think that the music called JAZZ is a “session” music.
I think the “session” is to determine themes and phrases and to have each player perform with different personalities.
Many old JAZZ musicians are probably all “individual” and many episodes remain.
The “sessions” of such unique people seemed to be very exciting and interesting.
I think it is very interesting that it is completed as a single “song”.

The “sessions” of the creatures in the garden are also interesting.
The situation where “totally different things” coexist may be similar to the “session” of Jazz musicians.



There is a theme of “living”, and the performance is developed around it.

All performers are “unique”, but everyone respects each other.
When someone begins to solo, the other performers then push to support the “whole”.
The vocalist is not the leading role. He is a vocalist (body) instrument player.
The performers are talking in “sounds” rather than words. I think it can be called “wave” and “energy” beyond words.

If you look at the garden like that, you may feel “energy” in trees and flowers.
I think the answer is “just feel” without thinking difficult. Energy is what you feel.
The sensation of seeing a large tree is its energy.
The energy you see when you see a small flower. I think it's something everyone feels.
I don't think anyone will feel anything.
Please look at the garden in that way.
Strong feeling, gentle feeling, soft feeling, hard feeling.
Taste and balance, atmosphere, wild taste, intention.
One song is being played.
I am the “performer”.

"Words" are not necessary.
“They” do not speak.
There is no need for "thinking".
“They” don't think.
Only “sense” is required.

I think it was great that the owners could see the natural gardens outside their homes at the tea party.
I think you could feel something.
I think “feeling” is more than a conversation.
You can always receive messages from the garden if you feel “feeling”.
There is no need for human stories.
No text book is required.

"Session".
However, there is a “session” in energy.
Always.
anytime.
The performance continues.

Wind blowing in the garden, sunlight.
They are also performers.
The bustle of the city, the buzz, the flow of time, the seasons around, are also performers.
They affect the garden.
Change the atmosphere and convey the message with energy.

Anyone has a sense of feeling it.
There is no goodness, weakness, dullness, and sharpness.
There is no big difference in the ability of such people.
I think it's just the difference between feelings and where you are conscious.

The performer concentrates on the performance.
I am trying to feel energy.

The tea party was not held only by the people who gathered there.
The people gathered there had a session with creatures other than themselves.

“Feeling” is different from “Teaching”. It is also different from “getting information”. They stimulate emotions through ego filters of “like and dislike” or “loss”.

When I was writing this article, I took a break and looked at the net, and I came across a speech article in the British Parliament by Swedish environmental activist Greta Tumberg.
At the same time, I found an article criticizing it.

I heard about Greta-san a long time ago, “I have such a high school student,” but I did n’t look into it.
This is because I want to cherish my “sense” without touching “information” as much as possible.
Overseas, unlike Japan, there is a high awareness of environmental issues, so I thought there were such activists and movements, but I read her speech article and saw criticism of it. When I looked at it, I felt “stunned”.
I felt that Greta-san's appeal was “not interested” in the environmental problem itself, not the right problem.
Or I felt that I didn't want to think, didn't want to know, or thought about other people.

“What are you complaining about?” “What situation are they in?” “What is the truth?” Abandoned “Thinking” without facing them. I feel that it is "insensitive".

Engage with people who are too used to "I don't feel anything" and say "What I want you to say".
“Senseless” and “feelingless” are no different from sleeping deeply.
I wake up in the morning, work and do housework, but it is like a robot whose body and senses respond to the reaction of the heart.

When you realize that you are "sleeping deeply", you can't be "insensitive".

Next year is 2020.
Regardless of environmental issues, social conditions, and human consciousness, I think the speed of change will increase.
Where are we going?
It's time to “wake up”.
The era of “insensitivity” is over.

I hope that the environment around you is good.

Next, if you have a tea party, it might be interesting to try “meditation”.
Maybe you can feel something more realistic.
You may have come up with a really good thing.
I'm looking forward to it.

Thank you very much for the tea party.
Thank you very much for your preparations.
Thank you very much.

2019・10 お茶会メルマガ ナチュラルガーデンへの誘い その6 「思い込み」と「心の声」〜



お茶会メルマガ 第6回目です。

7〜8回の予定でしたが、当日までに文章が間に合いそうもありませんので、これで今回のメルマガは終了とさせていただきます。よろしくお願いいたします。 あとは当日、お届けできなかった分は、ご希望があればお伝えしたいと思います。


「思い込み」と「心の声」

先月から今月にかけて、ありがたいことに、ご新規さまからのお仕事のご依頼が増え、自分の庭に対しての考え方をお話しさせていただける機会を多く頂きました。
「庭の手入れ業者を探していて」という感じで、あまりうちの庭へのこだわりを知らない方からのご依頼もありましたが、剪定枝をマルチング材として使うことや草を抜かずに共生するというお話しをさせていただくと「へー、そうなんですか、なるほどね」とあっさりOKをいただけることが多くなりました。
まだ「すべての現場で」という訳にはいきませんが、先月と今月にご新規さまで入らせていただいた現場では、すべてのお庭でナチュラルガーデンのやり方をご理解いただき、施工させていただいています。
なにか「何か今までとは少し違ってきているな」という感じがします。
テレビやラジオを視聴しないので世間がどういう風な風潮なのかわかりませんが、特にご高齢の方(すみません)以外は、ほぼご理解いただけるようになりました。
ちなみに今、入らせていただいているお庭では、説明の時に、
「剪定枝をマルチングしておくと泥はねも防げるし、土が団粒化して雨の浸透性も良くなります」
「なるほどね」
これだけだったような気がします。
落ち葉や剪定枝は「ゴミ」だという「思い込み」は少し視点をずらして考えると、いとも簡単にそれが「思い込み」であったのだと気づきます。

自分の中での気づきとしては、「思い込み」はお客様にあったのではなく「自分にあった」のかもしれない、ということです。
「解ってもらえないだろうな(解ってもらいたい)」という気持ちは、何か雰囲気としてそれが伝わり、話をしても、理解しがたいという現実を生み出していたのかもしれません。

今の自分の正直な心境は「理解を求めていない」というのが正直なところです。
「ただ伝える」そしてそれに対する反応は「期待しない」というものです。
「すべての人は自分とは違う価値観の中にいる」ということが自分の中でしっくりくる事実ですし「違いがあることが当たり前」だと思います。
ただその中で「共有できる価値観」というものが存在するだけなのだ、というふうに感じています。

一方、社会的な「思い込み」も、自分も含めて全ての人にあると思います。「習慣」「風習」「教育」「メディア」「時代背景」など、子どもの頃から「親」や「学校」「友達」「周囲の大人」「メディア」などから影響を受けて、その周囲の社会環境に則した「思考」を会得していきます。それが集団生活の性と言えるかも知れません。いわゆる「常識」というものです。

「思い込み」と対照的なのが「心の声」だと考えています。あるいは「気づき」と言えるかもしれません。

2017年の内閣府の調査によると、いわゆる「引きこもり」の人口は15歳〜39歳で54.1万人。40歳〜64歳では61.3万人。
100万人以上の方が学校や社会に馴染めずにいるということがわかっています。
その100万人以上の方たちは、この現代の「常識」が何か「受け入れがたいものである」と感じているということかも知れません。
「学校に行くのが当たり前」「仕事をするのが当たり前」という「思い込み」は「心の声」に正直にいて、しかも苦しんでいる人たちにとっては辛いことであると思います。
「集団意識」が作り出す「常識」はそれが「正しいことである」という「思い込み」によって自らも辛い思いをし、自己愛を見失ってしまうのだと思います。

自然が綺麗な環境で、水も綺麗で水道水に頼らなくても生活が成り立ち、大気汚染もなく清潔で美味しい空気がどこでもあり、土も豊かで森も豊かな環境は、ほんの数百年前までは現実でした。
江戸時代以前、電気も水道もガスもなく、日本は豊かな文化が開花し、人の糞尿までもがリサイクルされ、畑の肥やしとなり農作物は現在の野菜の7倍という本来の栄養素をたっぷりと含んだ食べ物が人々の食と健康を支えていました。
免疫力も高かったと思います。化学物質もなく、民間療法が主流でしたし、食事自体が病気予防になっていました。

鎖国を解き、西洋文化が流れ込むと時代は明治時代へと移行していきます。
政治、経済が大きく変わり、石炭の発掘もこのころから始まりました。
日本人は自分たちの生活が「時代遅れ」のように感じたのかもしれません。「世界はこんなに進んでいる」という意識を持たされ、それを受け入れたため、現代文明の波が日本にも押し寄せた感じだと思います。
明治文化がもたらしたものは「国家」「教育」「ジャーナリズム」「科学」など、それまでの日本人の価値観を大きく変えるものでした。
特に「国家による教育」は近代文明を受け入れる国民を育成するように「子供」にターゲットを絞った近代文明のシステムだと感じます。
それが後にインフラが整備され、エネルギーを始めとする「衣食住」が全て有料で提供されるようになり「教育制度」によって「仕事に就く」ことが強要される社会へと誘導されて行ったのではないでしょうか。

「常識」は時に意図して誰かが作り上げることもあります。自然発祥の文化ではなく「経済」が優先される社会ではその「常識」は「押しつけられたもの」であり、それに馴染めない「心」もでてきて当然だと思います。

「自分の本心は何を望んでいるのか」 あまりにも情報が多い現代で「コマーシャルメッセージ」ではないものがどれだけあるでしょうか。純粋なアート、意見や主張、オーガニック(無加工)なニュースなどは「コマーシャルメッセージ」に埋もれてしまっているような気がします。

「本心の望み」が何なのか、それは「心の声」が教えてくれることだと感じます。
たとえそれが「常識」とはかけ離れていたとしても、それを押さえつけたり、忘れてしまえば、その今自分がいだいている「望み」は「思い込まされた望み」だと言えると思います。
「心の声」は自分の「本心の望み」をしっかりと思い出させてくれると感じます。
「思い込まされた望み」に向かって自分を生きれば、それは自分の人生ではなく「誰かの人生」です。
「庭」という空間を自分で創ったり、メンテナンスをする際にも、そこに「誰かの意図」が含まれていれば、それは自分の庭だとは言えません。「コマーシャルメッセージ」に誘導された「皆んなとお揃いの庭」が出来上がるだけです。
「選択」という「自由」を本当の意味で「自分自身の選択」にしていきたいと思います。

ナチュラルガーデンへの誘い

頭の中を「ニュートラル」にして「自分の望む庭」を想像してください。「常識」を無視して「誰かの評価」も無視して、心の中でその庭をつくってみてください。
「誰か」の声や意見を聞くのではなく、共に暮らす「植物」の声を聞いてください。
庭にいる植物がどういう個性を持ち、どういう役割を持ち、どんな影響を自分に与え、より良く共生していくためにはどうすればいいのか。
「庭」からのメッセージを受け取ることは「自分の内部との対話」と似ていると思います。
植物は言葉を話しませんが「表情」としてそれを伝えます。
こちらの想いだけでそれを庭に押し付けても、思ったようにならないことの方が多いです。庭からの「メッセージ」を聞き、自分の想いと照らし合わせて、譲るところは譲り、受け入れてもらうところは受け入れてもらう。
その対話の末に出来上がった庭は「自分よがり」だけではなく「環境と共生している自分」という、別の意味で、とても自分らしい庭になっていると思います。 その庭が出来上がった時に「本当の自分の選択」ができたのではないかと思います。

「心の声」は本来の自分の声です。
ナチュラルガーデンはそういう「心の声」から創造される庭環境です。
さらに言えば、うちが提案する庭でさえありません。
「間違い」も「正しい」もありません。
ただ、自分の内面が表に現れた環境です。
一人一人が違う庭を創ると思います。オリジナルな自分だけの庭です。

「環境」はまさに、自分の内面が表に現れた世界だと思います。
庭は自分以外の「種」を超えた生き物と共生していく「小さな自分の世界」です。

昔、世界には人種差別というものがありました。その他にも部族の差別、身分の差別、男女差別、貧富の差別、価値観の差別など、同じ人間同士でその「違い」を意識し優劣をつけていました。
現在でもその感覚はあると思いますが「差別感」を持ったまま生活を続けていくことは、これからの時代、だんだんと難しくなってくるのではないでしょうか。
「私」と「あなた」は違っていて当たり前だと思います。そこに「優劣」はありません。ただ「違い」があるだけです。

「人間」と「微生物」にも「動物」と「植物」にも優劣はないと思います。ただ「違い」があるだけです。
「生態系」ではその全てが必要とされています。何かは何かに影響を与え、関連してバランスを維持しています。全ては「必然」であり無駄はないと思います。

今、我々に問われているのは「種」の差別ではないでしょうか。「人間同士の差別も無くならないのに、『種』の差別なんて」と思うかもしれませんが、「動物や植物は人間よりも劣っているから好きなように扱ってもいい」という意識は、自然の摂理に照らすと「それはそのまま自分たちに返ってくる」ということだと思います。
「生態系」という自然のシステムが「自分たちを生かしてくれている」ということに気づかないことは、自分で自分の足元を壊しているのと変わりありません。

「庭」という、自分と自分以外の命の世界。その世界を大切にする気持ちは、自分を大切にするという気持ちだと思います。
そしてそれが必ず「地球環境」という大きな問題にも波及していくと思います。
皆さんのその世界が素晴らしいものでありますように。


お茶会メルマガ 第6回目をお読みいただき、ありがとうございました。
メルマガはこれで最終になります。

いろいろと思いをお伝えさせていただきましたが、いかがでしたでしょうか。
自分自身もまだまだ完全に理想的な生活ができているわけではなく、失敗や間違いも多々あります。
知らないことだらけですし、当然ながら環境に負担をかけながらでしか生きていけないのが事実です。
「楽しみながら、できることを手の届く範囲で」これでやらせていただいています。

「楽しみながら」は特に一番大切なのではないかと感じます。
庭に接する時に「楽しみ」がないとそれは「本末転倒」になってしまうと思います。「生活」自体が楽しくないと、生きている楽しみもありません。
自分に余裕があって、それで初めて「その他」を気遣うことができると思います。
庭と接する時に、その辺の「キャッチボール」を庭とできればいちばん理想的なのではないかと思います。
植物は健気な上に寛大だと感じますので、いつも自分たちの間違いや愚かさを受け止めて、許して、癒してくれていると感じます。
自分たちにできることは、それに感謝して、少しだけでもいいので恩返しの気持ちを持つことだと思います。

当日はお時間の都合もありますし、お茶会ですので、一方向からだけでなく、ぜひいろいろなご意見をお聞かせいただければと思います。

では当日お会いできるのを楽しみにしています。
ありがとうございました。






This is the 6th tea party e-mail magazine.

Although it was scheduled 7 to 8 times, the text is unlikely to be in time by the day, so this e-mail magazine will be over. Thank you. I would like to tell you what I could n’t deliver on that day if you wish.


"Belief" and "voice of heart"

From last month to this month, thankfully, the number of new job requests has increased and I have had many opportunities to talk about my way of thinking about my garden.
There was a request from a person who did not know our commitment to the garden because it was like "looking for a garden care provider", but it was possible to use pruned branches as a mulching material and live together without removing grass When I talked about it, “Oh, is that so, I see, it ’s easy”.
It is not yet possible to say "on all sites", but at the sites where the newness was introduced last month and this month, we understand how to use the natural garden in all gardens and we are constructing them. .
I feel that something is a little different than before.
I don't know what the world is like because I don't watch TV or radio, but now I can understand almost everything except those who are elderly (sorry).
By the way, in the garden you are entering now, at the time of explanation,
"Mutting the pruned branches will prevent mud splashing, and the soil will agglomerate to improve rain permeability"
"I see,"
I feel like it was just this.
If you think about the “belief” that fallen leaves and pruned branches are “garbage” from a slightly different perspective, you will easily realize that it was “belief”.

One of the things I noticed in my mind is that the “belief” may not have been in the customer, but may have been “in my own”.
The feeling that “I don't understand (I want you to understand)” was transmitted as an atmosphere, and it may have created a reality that it was difficult to understand even if I talked.

My honest feeling is that I am not seeking understanding.
"I just tell" and the reaction to it is "I don't expect".
The fact that “everyone is in a different sense of value” is a fact that makes me feel comfortable, and I think it is natural that there is a difference.
However, I feel that there are only “values ??that can be shared” among them.

On the other hand, there is a social “belief” in everyone, including myself. “Customs”, “customs”, “education”, “media”, “background”, etc. We will learn “thinking” in accordance with the social environment. That may be the sex of group life. So-called “common sense”.

I think the voice of the heart is in contrast to the belief. Or it may be called “awareness”.

According to a 2017 survey by the Cabinet Office, the so-called “withdrawal” population is 541,000 between the ages of 15 and 39. 613,000 people between the ages of 40 and 64.
We know that more than 1 million people are unfamiliar with school and society.
The more than one million people may feel that this modern “common sense” is something “unacceptable”.
The “belief” that “it is natural to go to school” and “it is natural to work” is honest to the “voice of the heart” and is difficult for those who are suffering.
The “common sense” created by “collective consciousness” seems to be painful and lose sight of self-love by the “belief” that it is “the right thing”.

An environment where nature is beautiful, water is clean and life is possible without resorting to tap water, there is no air pollution, clean and delicious air is everywhere, soil is rich and forest is rich, only a few hundred years ago Until then it was a reality.
Before the Edo period, there was no electricity, water, or gas. Japan's rich culture blossomed, and even man's manure was recycled. The food supported people's food and health.
I think my immunity was high. There was no chemical, folk remedies were mainstream, and the meal itself was disease prevention.

When the isolation is solved and Western culture flows, the era will shift to the Meiji era.
Politics and the economy have changed greatly, and coal excavation began around this time.
Japanese people may have felt that their lives are "out of date". I felt that the world was so advanced, and I accepted it, so I think that the wave of modern civilization has come to Japan.
Meiji Culture brought about a great change in Japanese values ??such as “nation”, “education”, “journalism” and “science”.
In particular, I think that “education by the state” is a system of modern civilization that focuses on “children” so as to nurture people who accept modern civilization.
After that, infrastructure was developed, and “clothing, food, and housing” including energy were all provided for a fee, and the “education system” led to a society where “employment” was forced. it might be.

“Common sense” is sometimes intentionally created by someone. In a society where “economy” is prioritized rather than natural culture, its “common sense” is “impressed” and it is natural that a “mind” that is not familiar with it comes out.

"What do you really want?" How many things are not “commercial messages” in today's so much information? I feel that pure art, opinions and claims, and organic (raw) news are buried in the “commercial message”.

I feel that what the “desired desire” is is the “voice of the heart”.
Even if it is far from “common sense”, if you hold it down or forget it, you can say that the “hope” that you are now in is the “hope”.
I feel that the “voice of the heart” reminds me of my “desired desire”.
If you live yourself toward the “hope that you have envisioned,” it is “the life of someone”, not your life.
Even if you create or maintain a space called “garden”, if it includes “intention of someone”, it cannot be said to be your own garden. All you have to do is create a “Garden with a Match” guided by the “Commercial Message”.
I would like to make “freedom” of “selection” truly “choose my own”.

Invitation to the natural garden

Imagine a “neutral garden” with “neutral” in your head. Ignore "common sense", ignore "someone's evaluation", and try to make that garden in your heart.
Instead of listening to the voice or opinion of "someone", listen to the voice of "plants" living together.
What kind of personality, what role, and what kind of influence the plants in the garden have on me and how can they be better symbiotic?
I think receiving messages from the “garden” is similar to “dialogue with my own”.
Plants do not speak words, but convey it as an “expression”.
There are many things that don't go as you think, even if you push it to the garden with this thought alone. Listen to the “message” from the garden and compare it with your own thoughts.
At the end of the dialogue, I think that the garden that has been created is not only “selfish” but also “myself living in harmony with the environment”, and it is a very unique garden. I think that "the real choice" was made when the garden was completed.

"Voice of the heart" is the original voice.
Natural garden is a garden environment created from such a “voice of heart”.
Furthermore, it's not even the garden we suggest.
There is no “wrong” or “right”.
However, it is an environment where my inner surface appears in the table.
I think each person creates a different garden. It is an original garden only for me.

“Environment” is exactly the world where my inner surface appears.
The garden is a “small one's world” that coexists with creatures beyond the “seed” other than yourself.

In the past, there was racism in the world. In addition, the same person was conscious of the “differences” such as tribal discrimination, status discrimination, gender discrimination, discrimination between rich and poor, and discrimination of values.
I think that there is still a sense of that, but it will become increasingly difficult to continue living with a sense of discrimination.
“I” and “you” are different and it is natural. There is no “superiority” there. There is only a “difference”.

I don't think that "humans" and "microorganisms" are superior to "animals" and "plants". There is only a “difference”.
“Ecosystem” requires all of that. Something affects something and keeps the balance in relation. I think everything is “necessary” and there is no waste.

Isn't it the discrimination of “species” that is being questioned now? You may think that “discrimination of 'species' is not lost, even though discrimination between humans will not disappear," but the consciousness that 'animals and plants are inferior to humans and can be treated as you like' In the light of nature's providence, I think that it will return to us as it is.
Not knowing that the natural system of “ecosystem” is “making ourselves alive” is no different from breaking your feet on your own.

The “garden” is the world of life other than yourself and yourself. I think that the feeling of valuing that world is that of valuing yourself.
And that will surely spread to the big problem of “global environment”.
May your world be wonderful.


Thank you for reading the sixth tea party e-mail magazine.
This is the end of the e-mail magazine.

I was able to share my thoughts with you, but how was it?
I am still not completely able to live my ideal life, and there are many mistakes and mistakes.
It's true that there are so many things you don't know, and of course you can only live while putting a burden on the environment.
“I ’m doing what I can do while having fun.”

I feel that “enjoying” is especially important.
If there is no “fun” when touching the garden, it will be “falling down”. If "life" itself is not fun, there is no joy of living.
I think I can afford it, and that ’s why I can only consider “others”.
I think that it would be the most ideal if we can use the “catch ball” in the garden as a garden when touching the garden.
I feel that plants are lovable and generous, so they always accept their mistakes and stupidity, forgive and heal them.
What I can do is to thank them and have a feeling of giving back because I can do just a little.

There will be time available on the day, and since it is a tea party, I would like to hear from you not only from one direction, but also various opinions.

I'm looking forward to seeing you on the day.
Thank you very much.

2019・10 お茶会メルマガ ナチュラルガーデンへの誘い その5 環境に寄り添うスローライフ〜



お茶会メルマガ 第5回目です。


環境に寄り添うスローライフ

ハーブや庭に生える野草には生活に利用できる植物がたくさんあります。専門書も出ていますので、それらを参考にしながら、ぜひ日々の生活に取り入れてみてください。

お茶にできる植物だけでも様々なハーブ、ドクダミやヨモギ、松の葉やタンポポなど、たくさんの植物が利用できます。それらにはそれぞれに薬効があり、漢方でもあります。
西洋医学はそのほとんどが対処療法でしかありませんが、東洋医学は体質改善や自然治癒力を引き上げる効果があり、豊かな大地からとれた自家製の薬草は自身の自然治癒力や体質改善に効果があり、しかも無料です。

梅はその中でも特に薬効がある植物で3年以上たった梅干しは日本人の健康を支えてきました。
梅干し、漬物、味噌、醤油などの発酵食品は体内の整腸作用に効果があり、腸内細菌を育てます。土壌の中の微生物のようなものです。
発酵食品が体にいいことはよく知られていますが、それは植物も動物も目に見えない微生物と共生しているということで、その微生物が生き生きとしていることで免疫力が上がるということです。ですので食品添加物などの化学物質が体内に入ると、腸内の微生物にインパクトを与えて免疫力が落ちるということになり、現代病とも言われるアレルギー症状を発症しやすくなります。また免疫力の低下は癌や感染症の発症にもつながります。健全な免疫力はそれらを日頃から押さえ込んでいます。

また、植物由来の日用品を使うことで、温暖化や環境汚染を軽減できます。エコバックや木製の食器、衣服、家具など出来る限り石油製品を減らし、地産地消の製品を利用すれば輸送にかかる石油も削減でき、地場産業への貢献にもなり、なんとなく気分も良くなります。
部屋の中からプラスチックを無くすだけで気分がどれほど良くなるか、実験されてみてはいかがでしょうか。
出来る範囲で、楽しみながら、少しのこだわりを持つだけで、それが「庭」という環境にも反映されていくと思います。


道具とその力

化石燃料(石油)を資源として使う前は草木が資源でした。焚き火をして煮炊きをし、暖をとっていました。囲炉裏を中心に家が作られ、その煙が柱や梁を丈夫にし、虫よけにもなっていました。

植物の再生能力は、根元から切ってしまわない限りその植物の寿命が来るまで延々と再生を繰り返します。
自然と共生していた時代、人はその恩恵を身にしみて実感していたと思います。
自然に対して尊敬と畏怖の念を持っていたと思います。
道具が手道具しかなかった時代、人間は自然に対して今よりも非力でした。そんな時代は自然に即して生きることが唯一の生き延びる術だったと思います。

現代の道具はエンジンや電力を得たことにより人間の本来の能力をはるかに上回る力を手に入れてしまいました。人間はその力を自分の力だと勘違いしてしまいます。
丸裸の状態で自然の中に放り出されると人はどうなるでしょうか。それが本来の人間の力です。手で折ることができる枝の太さはどれくらいでしょうか。素手で掘れる穴はどれくらいでしょうか。
道具を手にした時、自分の本来の能力以上の力を発揮する時は、そのことに対して「責任を負う」気持ちが必要なのではないかと思います。その力を使って自然に接する時、その行為が環境にとってマイナスのインパクトを与えることにならないのか、考えてみることが「責任を負う」ということになると思います。

「責任を負う」という意識は、それを認識するということだと思います。
責任を負う、負わないの2択があるわけではなく「原因」に対して「結果」が伴うのだということを認識するということです。
「自分がやったことの責任は必ず自分が負うことになっている」のが自然の摂理だと思っています。
例えば地球環境のことにしても、目の前に広がっている環境は自分がやったことに対する結果が表れているだけで、それは国や政治や社会や誰か他の人が負うものではないと思います。
人間にとって、その他の生き物にとって、地球環境が危うい方向に向かうなら、それは(もちろん僕も含めて)自分自身の責任であり、全員が責任を負うことになります。
人間社会は「多数決」でその行き先が左右されます。「集合意識」というものです。
大多数の人が選択する価値観がその全体の価値観になります。個人の価値観は千差万別ですが、全体としてみた場合、共通の価値観が大きい方向に物事が動いていくのです。
「こうするのが当たり前」という価値観はその真意すら考えずに「思い込まされている」場合もあります。
そしてそれは「何も考えずに危うい方向に進んでいる」という可能性もあるということです。


第5回目をお読みいただき、ありがとうございました。
次回は「思い込み」と「心の声」というところからお届けいたします。






This is the fifth tea party e-mail magazine.


Slow life close to the environment

There are many plants that can be used for living in herbs and wild grasses that grow in the garden. Specialized books are also available, so please take them into your daily life while referring to them.

Many plants can be used, such as various herbs, dokudami and mugwort, pine leaves and dandelions. Each of them has medicinal properties and is a Chinese medicine.
Most of Western medicine is only coping therapy, but oriental medicine has the effect of improving constitution and natural healing power, and homemade medicinal herbs taken from abundant earth are effective in improving its own natural healing power and constitution. And it ’s free.

Ume is a particularly medicinal plant, and Umeboshi has been supporting the health of Japanese people for more than three years.
Fermented foods such as plum pickles, pickles, miso, and soy sauce are effective in regulating the intestinal function of the body and grow intestinal bacteria. It's like a microorganism in the soil.
It is well known that fermented food is good for the body, but it means that both plants and animals live in symbiosis with invisible microorganisms. Therefore, when chemical substances such as food additives enter the body, it will impact the microorganisms in the intestines and reduce immunity, making it easier to develop allergic symptoms called modern diseases. A decline in immunity can also lead to the development of cancer and infectious diseases. Healthy immunity keeps them down.

In addition, using plant-derived daily necessities can reduce global warming and environmental pollution. We reduce oil products such as eco bags, wooden tableware, clothes, furniture as much as possible, and if we use products of local production for local consumption, we can also reduce oil for transportation, contribute to the local industry, and feel somewhat better. .
How about experimenting to see how you feel better just by removing plastic from the room?
I think that it will be reflected in the environment of “garden” by having a little commitment while having fun as much as possible.


Tools and their power

Before using fossil fuel (oil) as a resource, vegetation was a resource. I boiled it over a bonfire and kept warm. Houses were built around the hearth, and the smoke made the pillars and beams strong and also protected against insects.

A plant's regenerative ability will continue to regenerate endlessly until it reaches the end of its life unless it is cut from the root.
In the era of coexisting with nature, people think that they have realized the benefits.
I think he had respect and awe for nature.
In the days when there were only hand tools, humans were less powerful than nature. I think that in those times, living in harmony with nature was the only way to survive.

Modern tools have gained much more power than humans because of the engine and power. Humans misunderstand that power is their own power.
What happens to humans when they are thrown out into nature in a naked state? That is the original human power. How big are the branches that can be folded by hand? How many holes can you dig with bare hands?
When you have a tool, when you demonstrate power beyond your original ability, I think you need to be “responsible” for that. I think that when you use nature to interact with nature, it will be "responsible" to think about whether the action will have a negative impact on the environment.

I think that being aware of responsibility is recognizing it.
Recognizing that there are not two choices of responsibility and responsibility, but that “cause” is accompanied by “result”.
I believe that the responsibility of what I did is my responsibility.
For example, even in the case of the global environment, the environment that spreads in front of you only shows the result of what you have done, and it is not the responsibility of the country, politics, society, or anyone else. The
For human beings and other creatures, if the global environment goes in a dangerous direction, it is your own responsibility (including me of course) and everyone will be responsible.
The destination of human society is influenced by “majority”. It is called “collective consciousness”.
The values ??chosen by the majority are the overall values. Individual values ??vary greatly, but when viewed as a whole, things move in a direction where common values ??are greater.
The value of “this is natural” is sometimes “believed” without even thinking about it.
And that means there is a possibility of "going in a dangerous direction without thinking about anything".


Thank you for reading the fifth edition.
The next time, we will deliver from the place of "belief" and "voice of heart".

2019・10 お茶会メルマガ ナチュラルガーデンへの誘い その4 環境との付き合い方〜



お茶会メルマガ 第4回目です。


庭環境との付き合い方

人間が意図的に人工的な自然空間として作った「庭」。
その始まりは意図的であったとしても、それを構成するのは「自然の生き物」です。
それは彼らの生活空間でもあります。
人間の大きな間違いは「人間だけが快適」なものを求めることにあります。その結果が先に述べた「環境破壊」や「気候変動」「汚染問題」などです。
それらの問題は人間がこのままの営みを続けることは「持続不可能」であるという警告です。
「人間だけが快適」という幻想は、それが崩れ去ってからようやく目が覚めるということになりかねません。
「今この地球で何が起こっていて、それがどういう方向へと進み、その結果どうなるのか」それは知ろうと思えば知ることができます。

環境問題や気候変動などの問題は、一個人の力など何の役にも立たないと思うかもしれません。
それらの問題は「政治」や「経済」の問題であり、自分たちの暮らしとは程遠いものだと感じるかもしれません。家庭や庭から、まして主婦ができることなど知れていると思うかもしれません。でもそうではないと思います。一個人の力は目に見えない微生物のようなものです。
社会の構造を支えているのは紛れもなく一個人です。

「知ることを選び、それについて考え、今自分にできることをやる」それで十分に何かが変化していくと思います。
最初は小さな変化ですが、それはいずれ「習慣」や「生き方」そのものになります。それは自然の成り行きとして自発的に目の前の選択をする際に現れるようになると思います。

目の前にある「庭」という空間が生き物で溢れた自然なのだと気付いた時に、それを自分たちだけの都合で意図的に変化させようという気は起こらなくなります。
それよりも、なぜそういう風に枝を伸ばし、なぜそこに傷みが出たり、問題が起こるのか、またなぜこの木はよく茂り、花や実をつけてくれるのか、観察するようになります。
庭が発信するメッセージを受け取ろうという気持ちが湧いてきます。

庭からのメッセージを受け取るようになると、彼らがいかに自分や家族や家や財産を守ってくれているのかがわかるようになります。
「生態系」というものが、人間を含めた環境全体を守るシステムだと気づくのです。
庭に生える草はそれが必要だから生えていると気づきます。


庭管理の方法

庭からのメッセージを受け取った上で、生活の支障になる要素を整理します。
通行に支障のある実生の木は小さく刈り込んだり、他へ移してもいいと思います。木によっては種を落としてどんどん増えたり、地下茎で伸びる草はそればかりがはびこるようになります。
地下茎を持つ草はそれ全体が一つの生き物と言えますので、一部分を抜いても問題はありません。これは個人的な意見ですが、植物は動物とは違う命の構造をしているのだと感じています。
挿し木や伏せ木で増えたり「一本の木の命はその木の周囲に飛び火して生き続け、どこかの種に宿りそしてまたその地に蘇る」という風に。もちろん科学的に証明されているわけではありません。ただの妄想です。

支障のある枝や風通しを阻害している枝も整理します。ただしそこに人間の意図はなるべく持ち込まないようにします。 その木がどうなりたいのかを観察して、その木本来の自然形に整えるのが理想です。なりたい姿になる、その手助けをするという感じです。

既存の庭木には大きく育つ木が植えられている場合が多くあります。近隣との問題や通行の問題などもあり、そのまま大きく育てるということが難しい場合もあります。
剪定の技術は定期的に手を入れることで本来の大きさよりもコンパクトに庭に収めるという技術でもあります。その場合でもその木になるべく負担がかからないような大きさに止め、あまり不自然に低くしすぎないことが必要です。期間を開けて伸びた枝を一度に大量に落とすのではなく、定期的に手を入れることが木の負担も減らせます。

草はできるだけ抜かずに、刈り揃える程度にします。

草は虫や小動物の拠り所であり、それらは太古の昔から木と共生関係にあります。

刈り草はなるべくその場に置き、土に返します。木の根本にマルチングをしてもいいと思います。

新たな花株や野菜の苗はその成長した時の大きさを考慮して植えつけます。周囲の草をかき分けて植え付け、光合成が出来るように苗よりも低く周囲を刈り込みます。野菜も特別に菜園を設ける必要はないと思います。花苗と同じように植え付け、庭の構成植物の役割を担ってもらいます。


庭のデザインの仕方

すでに植わっている木があり、それらも含めて使いやすいようにデザインを変えたい場合、動かせる木とそうでない木を見分けます。大木はすでに大地と一体化しており、機能的にもその場所の環境を支えている存在です。

中木程度の木で移植がどうしても必要な場合は専門的な処置をしながら移植します。その際、後々の生育具合を考慮して、全体のバランスも考えた上で場所決めをします。

高木、中木、低潅木の位置が決まればそれに合わせて草花を植えつけます。
主に日常的に家庭で出来る庭仕事はこの草花の管理かと思います。ライフスタイルやお好みに合わせて自分の庭の環境にあった種類を選び、大きさや日当たり、色合いなどを考慮して配置決めをします。
様々な園芸品種の草花があり、花や実の時期もそれぞれですので、デザインを考える段階から色々と楽しんでいただけたらと思います。

品種の選び方はそのほとんどが品種改良された園芸品種で、基本的に原種よりも病害虫に弱いです。原種に近いものは自然淘汰を生き残ったものですので、現在の環境に合った最先端の進化をした植物です。
庭環境を構成していく際は、なるべく国内品種で品種改良が進んでいないものや、草に負けないくらい丈夫なものを選ぶと、自然に生えてくる草と共生させやすくなります。
夏場、花や野菜が草に埋もれてしまわないように、植え付けた園芸品種よりも低く周囲の草刈りをして風通しと光通しを確保します。
園芸品種も庭の生態系を構成する一員として、野生に戻すつもりで植え付けをしていきましょう。
花苗などの管理の仕方は園芸本は参考程度にして鵜呑みにしないことです。スポンサーに薬品会社が付いている場合はその薬品を売るための本だということですので、特にバラの管理本などは気をつけて下さい。


お茶会メルマガ 第4回目をお読みいただき、ありがとうございました。

管理方法に関しては「こうするのが正解」というものはありません。ただ単に「やったこと」に対して「その結果が返ってくる」というだけのことです。
それは自然との付き合い方全般に言えることだと思います。

自分の庭環境は自分の意識の反映だと思います。また、美しい、美しくない、の価値観はひとそれぞれです。草と共生させたり、落ち葉を敷いている庭環境は、現在の常識の中では「美しくない」と言われるかもしれません。また「管理をサボっている」というふうに見られるかもしれません。しかし、それらの行為一つ一つに意味があり、それが庭環境や周囲の環境に対して有益に働くものであれば偏見を恐れずにそれをやる価値は十分にあると思います。
今までの古い価値観はこれからどんどん変化していくと思います。特に若い人たちの世代は物事の本質を見る目が古い価値観を必死に背負っている世代とは明らかに違うと感じます。
そういう目で見れば、徐々に枯葉が地面に馴染んでいく様子を「美しいもの」として捉えることができるのだと思います。

次回は「環境に寄り添うスローライフ」というところからお届けします。






This is the 4th tea party e-mail magazine.


How to interact with the garden environment

A “garden” created by humans as an artificial natural space.
Even if the beginning was intentional, it is "natural creatures" that make it up.
It is their living space.
The big mistake of human beings is to seek something "only human beings are comfortable". The results are “environmental destruction”, “climate change” and “pollution problems” mentioned earlier.
Those problems are warnings that it is “unsustainable” for humans to continue to operate as they are.
The illusion that “only humans are comfortable” can mean that it will only wake up after it has collapsed.
“What is happening on this planet now, what direction it goes in, and what happens as a result,” you can know if you want to know.

You may think that problems such as environmental problems and climate change are of no use to one person's power.
Those problems are related to “politics” and “economy”, and you may feel that they are far from their own lives. You may think that you can know what a housewife can do from your home or garden. But that is not the case. One person's power is like an invisible microorganism.
Undoubtedly one individual supports the structure of society.

“Choose what you know, think about it, and do what you can do now.” That will change something enough.
At first it is a small change, but it will eventually become a “custom” or “how to live” itself. I think that it will appear as a natural process when spontaneously making a choice in front of you.

When you realize that the “garden” space in front of you is a natural environment full of creatures, you don't want to change it for your own sake.
Instead, we will start to observe why the branches stretch like that, why there are bruises and problems, and why this tree grows thick and bears flowers and fruits.
The feeling to receive the message that the garden starts is coming up.

When you receive a message from the garden, you will see how they protect you, your family, your home and your property.
We realize that the “ecosystem” is a system that protects the entire environment, including humans.
You realize that the grass growing in the garden is growing because it is necessary.


Garden management method

After receiving messages from the garden, organize the elements that hinder life.
Seed trees that are hindering traffic can be pruned or moved to other places. Depending on the tree, the seeds will drop, and the grass growing on the rhizomes will become more infested.
The grass with rhizomes can be said to be a single creature, so there is no problem even if it is partially removed. This is a personal opinion, but I feel that plants have a life structure different from animals.
The number of cuttings and bushes increases, and the life of a tree jumps around the tree and continues to live, dwells in some species and revives again. Of course, it is not scientifically proven. It's just a delusion.

Organize the branches that are obstructed or that block airflow. However, human intentions should be avoided as much as possible. Ideally, you should observe what the tree wants to be and arrange it in its natural form. It feels like helping you become the one you want.

Existing garden trees are often planted with large trees. There are also problems with the neighborhood and traffic problems, so it may be difficult to grow as it is.
The pruning technique is also a technique that puts hands in the garden in a smaller size than the original size by regularly placing hands. Even in such a case, it is necessary to keep the size of the tree as small as possible and not to make it too low unnaturally. Rather than dropping a large number of branches that stretched over a period of time at once, you can reduce the burden on the trees by regularly taking your hands.

Try to trim the grass as much as possible without removing it.

Grass is the home of insects and small animals, and they have been in symbiosis with trees since ancient times.

Place the cut grass as much as possible and return it to the soil. I think you can mulch the root of the tree.

New flower stocks and vegetable seedlings are planted in consideration of their growing size. The surrounding grass is planted separately, and the surroundings are cut lower than the seedling so that photosynthesis is possible. I don't think there is a need for a vegetable garden. Planted in the same way as flower seedlings, it plays the role of a constituent plant in the garden.


How to design a garden

If you have trees that have already been planted and you want to change the design so that they are easy to use, distinguish between trees that can be moved and those that are not. Oki is already integrated with the earth, and functionally supports the environment of the place.

If it is absolutely necessary for a medium-sized tree, it should be transplanted with professional treatment. At that time, in consideration of the condition of later growth, the place will be decided in consideration of the overall balance.

If the location of the trees, shrubs and shrubs is decided, we will plant the flowers accordingly.
I think that garden work that can be done at home mainly on a daily basis is the management of this flower. Choose the type that suits your lifestyle and your preference for your garden environment, and decide on the layout taking into account the size, sunlight, and shades.
There are a variety of horticultural varieties of flowers, each with their own flowers and fruits, so I hope you enjoyed it from the design stage.

Most of the varieties are horticultural varieties with improved varieties, which are basically more vulnerable to pests than the original. The plants close to the original species have survived the natural selection, so they are the most advanced plants suitable for the current environment.
When constructing the garden environment, it is easier to coexist with naturally occurring grass if you choose domestic varieties that have not been improved and that are strong enough to resist the grass.
In summer, to keep the flowers and vegetables from being buried in the grass, mowing the surroundings lower than the planted cultivars to ensure ventilation and light.
Let's plant horticultural varieties as a part of the garden ecosystem with the intention of returning to the wild.
How to manage flower seedlings, etc., gardening books should be used only as a reference and should not be swallowed. If the sponsor has a drug company, it means that it is a book for selling the drug, so be careful especially with rose management books.


Thank you for reading the fourth tea party e-mail magazine.

There is no such thing as “the correct answer” for the management method. It just means that “the result is returned” for “what you did”.
I think that's what I can say about nature.

I think my garden environment reflects my consciousness. The values ??of beautiful and unbeautiful are unique. A garden environment that is symbiotic with grass or laid with fallen leaves may be said to be “not beautiful” in current common sense. It may also be seen as “slow management”. However, if each of these actions is meaningful and works beneficially for the garden environment and the surrounding environment, I think it is well worth doing it without fear of prejudice.
I think that old values ??will change rapidly. The generations of young people in particular feel that the eyes to see the essence of things are clearly different from the generations that desperately carry the old values.
If you look at it with that kind of eye, you can think of how the dead leaves gradually adjust to the ground as “beautiful things”.

Next time, we will deliver it from a place called “Slow Life Close to the Environment”.





2019・10 お茶会メルマガ ナチュラルガーデンへの誘い その3 庭環境でのオーガニック〜



お茶会メルマガ3回目です。
今回からは「庭」という環境について見ていきたいと思います。


庭環境でのオーガニック

ナチュラルガーデンというスタイルは当然オーガニックであることが前提となります。
「オーガニック」は「有機的な」という意味もありますが、「無加工」「無修正」という意味もあるようです。
農薬や化学肥料を用いず、施工の際にもケミカルなもの、プラスチック製品、環境破壊につながるものは極力用いないようにします。
「極力用いない」という表現には、例えば軽トラで現場へ移動したり、道具などでプラスチック製品を使用したりする場合があるためです。
時代が進み、道具や移動手段などを含めて、あらゆるものが自然破壊から無縁のもので作られることを期待しますが、今の段階では「今できること」を「手の届く範囲」でやるしかありません。


自然をよく観察していると、小さな草むらの中にたくさんの虫がいて、それらを拠り所として様々な生き物が集まってくることがわかります。
しかも園芸品種の草木だけしか植栽されていない環境よりも、放ったらかしにされた草むらの方が多様な生き物が生息しています。
石をひっくり返すと、そこにはダンゴムシやゲジゲジやムカデ、フンムシ、名前も知らないような小さな虫などもいます。枯れ枝にはアリが巣を作っていたり、奇妙な姿のクモの仲間なども見かけます。


庭の生態系

生態系はその底辺が広ければ広いほど豊かなものになります。
園芸品種のみ、という不自然な環境よりも自然に自生する草と共生させた方が「生物多様性」になり圧倒的にその底辺は広がります。
たとえ小さな庭であっても目に見えないほど小さな微生物、バクテリアや菌類が多ければ多いほど、土は豊かになり、分解能力が上がり、生物循環が円滑になります。つまり「代謝がいい」環境になります。
腐敗ではなく発酵(好気分解)がおこり、菌糸を持つ菌類が土壌の団粒化を促進させ、雨や酸素の通りが良くなり、根が健全になることで枝葉や幹の健康も維持されるようになります。

植物の免疫力が上がることにより、病害虫に対して抵抗力がつくようになります。
葉は本来の健康を保てれば虫の嫌がる物質や成長を抑制する物質を出して害虫の大発生を阻止します。また多少の病気にもその自然治癒力で対抗します。それは動物と全く同じなのです。

農薬を庭に用いることはその生態系の底辺である微生物を死滅させることになります。
植物は本来の免疫力を奪われ、すぐに病害虫に負けるようになります。そこでさらに殺虫剤や除菌剤、化学肥料が庭で使用され、環境はさらに悪循環になっていきます。
自然の野山に囲まれた環境の庭であればまだマシかもしれませんが、都市部の庭ではそこにしか自然はありません。
その根本の環境作りが庭の生態系を支える根本となります。

小さな庭の小さな生態系が正常に機能し始めると先に述べたような健全な「生態系循環」が機能し始めます。
何も持ち込まなくても、何も持ち出さなくても、そこにあるものだけで、そこに生きる生き物がそれぞれの役割を担い、何か一種類だけが大量発生したり、その環境を破壊したりすることは無くなります。
そこに生きるすべての生き物が必要とされ、全体に対して何らかの貢献をし「個」や「種」という個性の違いを最大限に発揮しながら全体を作り上げていきます。
その生態系には目に見えない微生物から、樫の木の大木までもが必要不可欠となるのです。


庭の生態系の破壊

自然に放っておけば、時間はかかりますが、庭は健全な生態系を取り戻します。人工構造物はいずれは朽ち果て、アスファルトやコンクリートからも草が生えてきます。
太古の遺跡も森に飲み込まれ、残るのは石でできた構造物だけですが、それもいずれは形のないものになります。

それを阻止しているのが人間の暮らしです。
庭にアプローチを設け、地形を変え、塀を作ったり花壇を作ったりします。人間が使い勝手のいいようにレイアウトをします。
自然の中にポツンと家を建てた、ということでもない限り、当然、そういう元々人為的な空間が「庭」という空間です。
特に都市部では計画的に地形造成され、区画で仕切られています。
地形は真っ平らな平地であることが多く、隣家も切迫しています。
そういう環境で果たして「小さな生態系」が作れるのか心配になります。


庭の生態系の再現

いくら四角く切り取られた区画であっても、建ぺい率という建築上の法律があります。
敷地一杯いっぱいに建物を建てることはできません。それに、いくら小さくても駐車場やアプローチ、建物周囲、裏庭スペースがあることもあります。
現代工法での外構工事をしなければ家の周りはぐるりと土の状態が残されているということです。

生態系の底辺は目に見えないミクロの生き物たちです。ひとすくいの土の中に何億、何兆という数で生息するような世界の生き物です。そしてまさに、それらのミクロの生き物が地上の生き物を支えています。
土作り、地形作り、浸透性、植生など様々な工夫をすることによりミクロの世界から広がる生態系を作ることができます。それは、本当に重要なものは土の中にあり、目に見えないものであるからです。小さな地面の隙間から生き生きと茂る木を見かけることがあります。それはその木の根が見に見えない生き物たちによって支えられているからです。

駐車場やアプローチも緑化することができます。タイヤに踏まれたり、歩くところではありますが、踏みしめに強い植物がありますので、草も交えそういうもので全体を緑化することができると、多くて敷地の40%近くを緑化することができますし、縦方向の中高木などを工夫して植栽することにより、立体的な緑化をすることができます。
中高木には鳥や羽虫、小動物が集まりますので、敷地の外の環境ともつながりを持つことができるようになります。生き物には区画は関係ありません。そこでそれぞれの営みをし、棲みついたり、餌場にしたりします。

人間以外の生き物の営みは、その全てが自然にとって有用な事柄です。自然を破壊したくても彼らにはできません。自然を良くすることしかできないのです。それは彼らが自然の一部であり、その営みは完全に自然に即したものであるからです。


メルマガ3回目をお読みいただき、ありがとうございます。

我々は現代社会というものの只中にいて、その社会が常識と呼ぶものは「企業利益」に由来していることが多いと感じます。
「科学薬品」を多く売りたいのは「石油経済」を維持するためのように思います。
「思い込み」はその社会が大衆に向けて行ったプログラミングではないでしょうか。
「こうするのが当たり前」という概念を一旦すべて頭から外し、シンプルに考えていただければと思います。
自然の中に無駄なものは何一つありません。草は必要だから生えますし、落ち葉や枯れ枝も「ゴミ」ではなく土作りの大切な「資源」です。
草を抜いて、落ち葉を集めビニールのゴミ袋に詰めてガソリンを使ってそれを回収し、化石燃料を燃やしてそれを焼却処分する、そのことの方が非常識なように感じます。

次回は「環境との付き合い方」というところからお届けしたいと思います。






This is the third tea party e-mail magazine.
From this time, I would like to look at the environment of “garden”.


Organic in the garden environment

Naturally, the natural garden style is assumed to be organic.
“Organic” may mean “organic”, but it may also mean “unprocessed” or “uncensored”.
We do not use pesticides or chemical fertilizers, and we will minimize the use of chemicals, plastic products, and items that cause environmental damage during construction.
The phrase “use as little as possible” is because, for example, there are cases where you move to the site with a light tiger or use plastic products with tools.
I expect that everything will be made of things that are free from natural destruction, including tools and means of transportation, but at this stage we can only do what we can do now within the reach of hands. There is none.


If you look closely at nature, you can see that there are many insects in the small grass, and various creatures gather together based on them.
In addition, a variety of creatures inhabit the grass that has been left open rather than the environment where only horticultural varieties are planted.
If you turn the stone upside down, you will find the dandelion, gegegeji, centipede, dung beetle, and small insects whose names are unknown. On dead branches, ants make nests and strange spider friends.


Garden ecosystem

The wider the bottom of the ecosystem, the richer it becomes.
Rather than the unnatural environment of only horticultural varieties, symbiosis with grass that naturally grows naturally becomes “biodiversity”, and its base is overwhelmingly widened.
The more tiny microorganisms, bacteria and fungi that are invisible, even in a small garden, the richer the soil, the greater its ability to decompose, and the smoother the biological cycle. In other words, it becomes an environment with good metabolism.
Fermentation (aerobic decomposition) occurs instead of spoilage, and fungi with mycelia promote soil agglomeration, improve the flow of rain and oxygen, and maintain healthy roots and trunks by improving the roots. It will be so.

By increasing the immunity of the plant, it becomes more resistant to pests.
If the leaf maintains its original health, it will prevent the occurrence of harmful insects by producing substances that the insects dislike and substances that inhibit growth. It also counters some diseases with its natural healing power. It is exactly the same as an animal.

Using pesticides in the garden will kill the bottom of the ecosystem.
Plants lose their natural immunity and quickly lose to pests. Therefore, insecticides, disinfectants, and chemical fertilizers are further used in the garden, and the environment becomes even more vicious.
If it is a garden surrounded by natural wilderness, it may still be good, but in an urban garden, there is nature only there.
The creation of the fundamental environment is the foundation that supports the garden ecosystem.

When the small ecosystem in the small garden begins to function normally, the healthy “ecosystem circulation” as described above begins to function.
Even if nothing is brought in, nothing is taken out, only the things there are, the creatures living there play their respective roles, only one kind is generated in large quantities, or the environment is destroyed Things will disappear.
All living creatures that live there are needed, and we will make some contributions to the whole and make up the whole while making the most of the differences in individuality of “individuals” and “species”.
From invisible microorganisms to large oak trees are indispensable for the ecosystem.


Destruction of the garden ecosystem

If left undisturbed, it takes time, but the garden regains a healthy ecosystem. Artificial structures will eventually decay and grass will grow from asphalt and concrete.
Ancient ruins are also swallowed by the forest, and all that remains is a stone structure, but it will eventually be shaped.

It is human life that prevents this.
An approach is set up in the garden, the terrain is changed, and buds and flower beds are made. Lay out the layout so that humans can use it easily.
Naturally, such a man-made space is a “garden” space, unless it means building a house in nature.
Especially in urban areas, the terrain is systematically created and partitioned by compartments.
The topography is often flat and the neighbors are imminent.
I'm worried if we can create a “small ecosystem” in such an environment.


Reproduction of the garden ecosystem

There is an architectural law called building coverage, no matter how many squares are cut off.
A building cannot be built to fill the entire site. Also, no matter how small, there may be parking spaces, approaches, surrounding buildings, and backyard space.
It means that the soil around the house is left around if the outside construction is not done with the modern construction method.

The bottom of the ecosystem is invisible micro creatures. It is a creature of the world that lives in hundreds of millions and trillions in a scoop of soil. And these micro creatures support the creatures on the ground.
An ecosystem that spreads from the microscopic world can be created by various measures such as soil creation, topography, permeability, and vegetation. That's because what is really important is in the soil and invisible. Sometimes you can see a tree that grows lively through a small gap in the ground. This is because the roots of the tree are supported by invisible creatures.

Parking lots and approaches can also be greened. Although there are plants that are stepped on or walked on, there are plants that are strong against trampling, so if you can plant the whole with such grass, you can plant at most 40% of the site. It is possible to make a three-dimensional greenery by planting the middle-high trees in the vertical direction.
Birds, wingworms, and small animals gather in Nakatakagi, so you can connect to the environment outside the site. A creature has no relation to a compartment. Therefore, each business is carried out, and it is used as a feeding ground.

The activities of creatures other than human beings are all useful for nature. They can't do it if they want to destroy nature. You can only improve nature. That is because they are part of nature and their work is completely natural.


Thank you for reading the third e-mail magazine.

We are in the midst of modern society, and what we call common sense is often derived from “corporate profits”.
I want to sell a lot of “chemicals” in order to maintain the “oil economy”.
Isn't "belief" the programming that the society has done for the masses?
I would like you to remove all the concepts of “this is natural” and think simply.
There is nothing useless in nature. Grass grows because it is necessary, and fallen leaves and dead branches are not “garbage” but important “resources” for soil creation.
I feel that it is insane to pull out the grass, collect the fallen leaves, put them in a plastic garbage bag, collect it with gasoline, burn the fossil fuel and incinerate it.

Next time I would like to deliver it from "How to interact with the environment".

2019・10 お茶会メルマガ ナチュラルガーデンへの誘い その2 ありのままの自然〜



お茶会メルマガ2回目です。
もう少し「環境」についてお伝えしたいと思いますが、危機感や不安感を持たないよう「ただの情報」として頭の隅に置いておくくらいにしておいてください。
それに執着してしまうとあまり良くないと思いますので「まあ大丈夫だろうけど、ちょっとだけ意識しておこう」くらいで大丈夫ですので、よろしくお願いいたします。


ありのままの自然

【ナチュラル (natural) は、本来は”自然の”や”天然の"など、人の手が入っていないありのままの状態を表す英語の形容詞である。】
ウイキペディアではこういう表現で「ナチュラル」について説明されています。
「kayagreenナチュラルガーデンデザイン工房」という名称も「自然そのもの」の庭を提供したいという思いで名付けています。

「ありのままの自然」とは全てを自然の営みに任せている状態です。
自然はそれ自体が全ての生き物が生の営みを持続させていける「生態系」というシステムを備えたものであり、災害や気候の変動、大陸の移動なども含めた「変化しながら安定している状態」のことを言います。

自然と起きる変化は地球が誕生して以来、今現在もずっと続いています。大陸の移動があり、大気の変化があり、隕石の衝突があり、それに合わせた「生物生態系」をその都度構築していきました。
その間の変化は「自然現象」として起きる変化でした。その変化では生態系は環境の変化に合わせて自在に「生物進化」という方法で対応してきました。


環境の現状と環境変化の原因

現在起こっている環境変化の大きな問題要因として、自然現象による変化ではなく「人類の営み」が自然に与えるインパクトが要因となり、それによって起きている変化があります。

地球温暖化はCO2の過剰な排出が原因で、それによる気候変動は「大陸の砂漠化」「森林減少」「温暖化」「種の絶滅」など様々な連鎖的変化をもたらしています。

森林減少では世界で「1分間に」東京ドーム2個分の森林が消滅しています。
「地球の肺」と言われるアマゾンの熱帯雨林では資源の採取や農地開発によりその15%がすでに失われており、2018年までに日本の国土の1,1倍の面積が消滅し、現在も「1分間に」サッカーコート1.5倍分の面積が失われています。

森林減少がもたらす環境被害として「砂漠化」「水資源の枯渇」「低酸素被害」があります。本来の大気中の酸素濃度は約21%くらいですが、現在、都市部上空で約16〜18%。ここ80万年で0,7%もの減少が確認されています。酸素をエネルギーとして利用している生物は酸素濃度が8%を下回ると生存不可能になります。


汚染問題

現在、人間社会がもたらす環境汚染は「大気」「海洋」「土壌」共に化学薬品、プラスチック、放射能などにより汚染が深刻化しています。

「大気汚染」は車の排気ガス、産業廃棄ガス、化学物質の揮発、放射能の拡散、廃棄物の粉塵化、電磁波など。
「海洋汚染」は農薬の海洋流出、プラスチックゴミ、放射能の流出、産業油の流出など。
「土壌汚染」は農薬の散布、化学肥料の散布、放射能の浸透、微生物の減少など。

汚染問題は現在、様々な環境破壊、健康被害、生態系破壊などの原因になっており、一つ一つ数え上げればきりがないほどです。
「海洋プラスチックゴミ」は年間800万トンに登り、それはジェット機50,000機分にあたります。その量は2050年までに海洋生物の量を上回るとされています。


化学薬品による汚染

庭の施工や管理で一番直接的な問題になるものとして「農薬」や「化学肥料」があります。
殺虫剤はネオニコチノイドなどの問題で話題になりましたが、神経毒であることや、その浸透性、残留性、水溶性などが深刻な問題として取り上げられています。日本ミツバチの大量死がもたらす「種」の絶滅の危機は、ミツバチだけの問題にとどまらず、その影響が懸念されています。

「殺虫剤」「殺菌剤」「殺草剤」は人体への悪影響は当然のことながら、土壌への浸透、残留、河川への流出により、生態系の破壊へと繋がっています。
ネオニコチノイドという神経毒は、その「残留性」「浸透性」「水溶性」が問題となり、水に溶けて深く浸透し、長く残留します。殺虫目的で使用した際に農作物に深く浸透し、それを食べた場合でも、家畜がそれを食べて間接的に摂取した場合でも「残留性」が高いので健康被害につながります。
日本の残留農薬の安全基準はヨーロッパ諸国に比べて種類にもよりますが50倍から100倍の残留農薬があっても安全とされているほど低いのが現状です。

「土壌汚染」については農薬が地面に浸透した時に土の中の微生物を死滅させるという問題があります。
微生物のいない土は、腸内細菌のいない消化器官のように植物にとっては大きな健康被害につながります。
化学肥料は栄養剤やサプリメントのようなもので、人間がそれで健康が維持できないように植物の抵抗力も弱ります。

植物の健康は土の中の微生物が大きく関係しています。微生物は生態系を支える底辺であり、生態系そのものの土台と言えます。


ホームセンターに行くと農薬売り場が入り口の目立つところにあり、多くの殺虫剤や除草剤が売られています。その量には圧倒されます。それだけ需要があるということだと思います。
日本は世界の科学薬品の40%を消費しています。
日本人の人口は世界の約2%です。
どれだけ多くの化学薬品を使っているか、世界比率で比べるとよくわかります。その量は異常と言ってもいい量です。

西洋医学の化学薬品は対処療法でしかありません。副作用も必ずあります。
体質改善や根本的な免疫力をつける方法は民間療法の漢方や食事や環境にあります。
人間の免疫力や抵抗力は癌細胞も押さえつけています。漢方では癌の発症はその免疫力低下によるものだと考えられています。
日々の食生活や接する環境が大きく健康に影響を与えるのです。

最近、健康志向の方や、実際に健康被害に遭われている方々からオーガニックの野菜や食料品、衣服、住宅などが注目を集めています。

暮らし方も多様化し、環境に優しいライフスタイルに切り替える人も多く出てきました。
アンテナを張っていると健康にも環境にも優しい生活ができる選択肢も増えています。
その中で自分に合ったものを無理のないように取り入れてみるといいと思います。


2回目のメルマガを読んでいただきまして、ありがとうございます。
次回は「庭環境でのオーガニック」についてお届けいたします。






This is the second tea party e-mail magazine.
I would like to tell you a little more about the “environment”, but keep it in the corner of your head as “just information” so as not to feel a sense of crisis or anxiety.
If you are obsessed with it, it will not be very good.


Nature as it is

[Natural is an adjective in English that represents the natural state of human hands, such as “natural” or “natural”. ]
Wikipedia explains “natural” in this way.
The name “kayagreen natural garden design studio” is also named with the desire to provide a garden of “nature itself”.

"Natural nature" is a state where everything is left to nature.
Nature itself has a system called “ecosystem” that allows all living creatures to maintain their livelihoods, including “disaster, climate change, and continental movement”. State.

Natural changes have continued since the birth of the Earth. There was continental movement, atmospheric changes, meteorite collisions, and a “bioecosystem” was constructed each time.
The change during that time was a change that occurred as a “natural phenomenon”. In response to these changes, ecosystems have responded freely to changes in the environment using a method called “biological evolution”.


Current state of the environment and causes of environmental changes

As a major problem factor of the environmental change that is currently occurring, the impact of “human activities” on nature is not a change due to natural phenomena, but also the change that is taking place.

Global warming is caused by excessive CO2 emissions, and the resulting climate change has led to various chain changes such as “continent desertification”, “forest depletion”, “warming”, and “species extinction”.

Forest depletion has caused the disappearance of two Tokyo Domes in the world.
15% of the Amazon rainforest, which is said to be the “Lung of the Earth,” has already been lost due to resource extraction and farmland development. The area of ??1.5 times the soccer court is lost "per minute".

Environmental damage caused by deforestation includes desertification, water resource depletion, and hypoxic damage. The original atmospheric oxygen concentration is about 21%, but currently it is about 16-18% over urban areas. A decrease of 0.7% has been confirmed in the last 800,000 years. Organisms that use oxygen as energy become unviable if the oxygen concentration falls below 8%.


Contamination issue

Currently, environmental pollution caused by human society has become serious due to chemicals, plastics, radioactivity, etc. in the atmosphere, ocean, and soil.

“Air pollution” includes car exhaust, industrial waste gas, volatilization of chemical substances, diffusion of radioactivity, dusting of waste, electromagnetic waves, etc.
“Marine pollution” includes agricultural chemical spills, plastic trash, radioactive spills, and industrial oil spills.
“Soil contamination” includes spraying of agricultural chemicals, spraying of chemical fertilizers, penetration of radioactivity, and reduction of microorganisms.

Pollution problems are currently causing various environmental destruction, health damage, ecosystem destruction, and so on.
“Ocean plastic waste” climbs to 8 million tons per year, which is equivalent to 50,000 jet aircraft. The amount is said to exceed the amount of marine life by 2050.


Chemical contamination

“Pesticides” and “chemical fertilizers” are the most direct problems in garden construction and management.
Insecticides have become a hot topic for issues such as neonicotinoids, but their neurotoxicity, penetrability, persistence, and water solubility have been taken up as serious problems. The threat of extinction of the “species” caused by the mass death of Japanese bees is not limited to bees alone, and there are concerns about their impact.

“Insecticides”, “bactericides” and “herbicides” are not only harmful to the human body, but also lead to the destruction of the ecosystem through permeation into the soil, residue, and outflow into rivers.
Neonicotinoid neurotoxin has a problem of “residual”, “penetration” and “water-solubility”, dissolves in water, penetrates deeply, and remains for a long time. When used for insecticidal purposes, it penetrates deeply into crops, and even if they eat it or livestock eats it indirectly, it is highly persistent, leading to health damage.
The safety standards for residual agricultural chemicals in Japan depend on the type compared to European countries, but the current level is low enough to be safe even with residual agricultural chemicals 50 to 100 times.

Regarding "soil contamination", there is a problem that microorganisms in the soil are killed when the agricultural chemicals penetrate the ground.
Soil without microorganisms can cause serious health problems for plants, like digestive organs without enteric bacteria.
Chemical fertilizers are like nutrients and supplements that weaken the resistance of plants so that humans cannot maintain their health.

Plant health is largely related to microorganisms in the soil. Microorganisms are the base that supports the ecosystem and can be said to be the foundation of the ecosystem itself.


When you go to the home center, the pesticide sales office stands out at the entrance, and many insecticides and herbicides are sold. The amount is overwhelming. I think that there is much demand.
Japan consumes 40% of the world's chemicals.
The Japanese population is about 2% of the world.
You can see how much chemicals you use by comparing the ratio in the world. The amount can be said to be abnormal.

Western medicine chemicals are only coping therapy. There are always side effects.
There are folk remedies for Kampo, meals, and the environment to improve your constitution and build your immunity.
Human immunity and resistance also suppress cancer cells. In Kampo, the onset of cancer is thought to be due to a decrease in immunity.
Daily eating habits and the environment in which you interact will greatly affect your health.

Recently, organic vegetables, groceries, clothes, and housing are attracting attention from health-conscious people and people who are actually suffering from health problems.

The way of life has diversified, and many people have switched to an environmentally friendly lifestyle.
With an antenna, there are an increasing number of options for a healthy and environmentally friendly life.
I think that you should try to incorporate the one that suits you so that you don't overdo it.


Thank you for reading the second e-mail magazine.
Next time we will deliver “Organic in the Garden Environment”.

2019・10 お茶会メルマガ ナチュラルガーデンへの誘い その1 現在の地球環境について〜



今月、大阪市のお客様のお庭で小さな「お茶会」を開催させて頂く事になりました。
それに伴い「ナチュラルガーデンへの誘い」と題して、参加される方々にメルマガを配信させて頂いています。
その内容をこの場でもシェアさせて頂きたいと思います。


[2019・10 お茶会メルマガ]

ナチュラルガーデンへの誘い

はじめに
お茶会に向けてメルマガをお届けしたいと思います。
参加していただける方々のみに一斉送信で申し訳ありませんがお届けさせて頂いております。

メルマガはお読みいただいても、お読みいただかなくても大丈夫です。当日お話させていただこうと思っている内容をざっとまとめてありますが、予習の意味はありませんので予備情報にご興味があれば目を通して見てください。

まずはじめにお伝えしたいことは「あらゆるジャッジメントを無くす」ということです。
環境のことやオーガニックへのこだわりの中で「そこにこだわる理由」を説明させていただきますが「今起きている事柄は全てに意味があり、必然である」と思っていますので、今の状況や事実に対して「良い」も「悪い」もないということです。
良い悪いを判断するのではなく、ただニュートラルに事実をお伝えしていきたいと思いますので、受け取り方も「ジャッジメントを外して」受け取っていただけると幸いです。


現在の地球環境について

まずはじめに、現在の我々が置かれている「環境」についてお伝えしたいと思います。

「サスティナブル」という言葉を聞かれたことがあるかと思います。日本語では「持続可能な」というふうに訳されます。
気候変動や環境汚染、人口増加、経済や産業形態など、様々な要素が絡み合い、我々がこのままの生活を維持するのは不可能だと言われています。

2017年、国連のIPPCレポートが人間を含めた約100万種が現在絶滅の危機にあり、様々な要素を鑑み、後戻りできる期限として「このままの生活を続けるのであればその期限はあと約1 2年である」という論文が発表され、22,000人の科学者がそれに署名しています。その内容は、
もし、すぐにでも全ての人間活動をストップしたとしても絶滅への道は避けられないというものです。

現在の地球生態系でいうと、約60%が家畜で36%が人間、野生動物は残りの4%しかこの地球には居ません。

地球温暖化は100年後にはプラス4.8度、CO2は過去に火山爆発の影響で大量の有機ガスが噴出し、気候変動が起き、地球で大量絶滅が起きた時の約300倍の量のCO2を人間活動の中から排出しています。
人口増加に伴い、それらの数値は想像よりも加速するという見解です。

現在、世界中で様々な方面からこうした環境問題への取り組みが行われています。
今世紀末に人類がこの地球から消えてしまわないように「サスティナブルな社会の実現」という目標は今や全人類の目標でもあると言えます。

それに共感し行動を起こすことを選択するかしないかは各個人の自由だと思います。
まずは事実を「知る」
そして可能ならばそのことについて「考える」
そして自らの選択で「行動」する

まだ今、人類はどちらの未来も選択することができます。
「大丈夫だ」と楽観視することは大切ですが、何もしないでも大丈夫なことにはなりません。

今、無理なく自分の出来る範囲で「何かをする」ことが求められています。

現在、庭の管理や造園工事を行う産業も内情は地球環境が「持続不可能」な状態になるような産業であるのが事実です。 農薬の使用や樹木の必要以上の伐採、雑草の根絶、地面の舗装工事、輸入資材の多用、プラスチック製品の多用など、消費と経済を優先させた産業です。
プラスチックフリーなどは現時点ではほぼ不可能な事柄ですが、それでも無理なくやれる事からやっていきたいと思っています。

ご自宅の「庭」という一番身近な自然環境と「サスティナブル」な方法でお付き合いしていただけたらと思います。


初回から少しびっくりさせてしまったかも知れません。
このメルマガは7〜8回くらいに分けてお届けしたいと思っています。
よかったらまたお付き合いください。








This month, a small “tea party” was held in the customer's garden in Osaka.
Along with that, we are distributing e-mail magazines to the participants under the title “Invitation to Natural Gardens”.
I would like to share that content here.


[2019/10 Tea Party Mail Magazine]

Invitation to the natural garden

Introduction
I would like to deliver e-mail magazines for the tea party.
I am sorry to send all of you to the participants by broadcast.

You can read e-mail magazines or not read them. The contents that I would like to talk about on the day are summarized, but there is no meaning of preparation, so if you are interested in preliminary information, please look through it.

The first thing I want to tell you is to “eliminate any judgment”.
I will explain the reason why I am particular about the environment and my commitment to organic matter, but I think that everything that is happening is meaningful and inevitable. There is no “good” or “bad” to the facts and facts.
I would like to convey the facts to the neutral, not judge the good or bad, so I would appreciate it if you could receive it "with no judgment".


1 About the current global environment

First of all, I would like to tell you about the “environment” where we are today.

You may have heard the word “sustainable”. In Japanese, it is translated as “sustainable”.
Various factors such as climate change, environmental pollution, population growth, economy and industrial form are intertwined, and it is said that we cannot sustain this life.

In 2017, about 1 million species including human beings in the United Nations IPPC report are now in danger of extinction. In view of various factors, the deadline for reversing is " The year is published, and 22,000 scientists have signed it. The content is
Even if all human activities are stopped immediately, the road to extinction is inevitable.

In the current global ecosystem, about 60% are livestock, 36% are humans, and the remaining 4% are wild animals.

Global warming will increase by 4.8 degrees in 100 years, and CO2 will be about 300 times the amount of CO2 when a large amount of organic gas has been blown out due to volcanic explosions in the past, causing climate change and mass extinction on the earth. Are discharged from human activities.
The view is that as the population grows, those numbers will accelerate faster than expected.

Currently, various environmental issues are being addressed around the world.
The goal of “realizing a sustainable society” is now the goal of all mankind so that mankind will not disappear from the earth at the end of this century.

I think it is up to each individual to choose whether or not to empathize and take action.
First, "know" the facts
And if possible, “think” about it
And "act" with your choice

Still now, mankind can choose either future.
It ’s important to be optimistic that you ’re okay, but if you do n’t do anything, you wo n’t be okay.

Now, there is a demand for "doing something" as much as I can.

It is true that the industry that manages gardens and landscaping is now an industry that makes the global environment “unsustainable”. It is an industry that prioritizes consumption and economy, such as the use of pesticides, cutting more trees than necessary, eradicating weeds, paving the ground, heavily using imported materials, and heavily using plastic products.
Plastic free is almost impossible at the moment, but I want to do it because it can still be done without difficulty.

I would like to associate with the most familiar natural environment at home, the “garden”, in a “sustainable” manner.


You may have been surprised a little from the first time.
I would like to send this e-mail magazine in 7-8 times.
Please contact me again if you like.

kayagreen

お庭のメンテナンス@明石市


いつもお世話になっている地元のお客様のお庭のメンテナンスにお伺いさせていただきました。


小さかった木も少しずつ大きくなってきています。
毎年、茂り方も大きくなってきています。



アジサイもしっかりと根付いて勢いを増しています。

若かった木々はだんだんとその場所に馴染み、環境と一体になっていきます。
元々そこにあったかのように、その環境を受け入れていくのだと思います。
植物は動けないので、仕方ないのかも知れませんが、彼らは、その環境の中でいつも最善を尽くしていると感じます。

自分も植物を見習わなければ、といつも思いますが「エゴ」というものが邪魔をして植物のように「全てを受け入れる」という境地にはなかなか至りません。
一つ前に「草について」という記事を書きましたが、書いた途端にずっと何かモヤモヤしていて、やはり取り下げました。
以前の自分なら、あの調子で良かったのかも知れません。でもモヤモヤは治らず、ついにこれは自分の「エゴ」だと感じました。



先ずは全てに感謝しょう!
ありがとうございます。

植物は文句を言いませんからね。ものすごく健気にその場所で最善を尽くします。
本当にそうなんですよね。
「エゴ」は自分と他のものを分けて考える心。
環境破壊に気を揉んでも、オーガニックなスタイルを理解してもらえなくても、それは、他でもない「自分の世界で起こっている事」。
農薬漬けの日本にも感謝。ケミカルな食事にも感謝。環境破壊にも感謝。
いつかそれらは「だいぶ散らかしてしまったし、そろそろ大掃除でもしようよ」と、まるで家の年末大掃除みたいになるかも知れませんものね。

本当に何も不足はないです。自分には足りないものは何も無いと思います。
先ずはそれに感謝。
本当にありがとう。



オーガニックなお手入れは刈り草や剪定枝もなるべく「その場所」に返します。
出来るだけ持ち出さない。
根元に残しておけるものは天然のマルチ材として活かします。こうしてむき出しの土を隠す事で、水分の蒸発を防いだり、紫外線からの保護にもなります。
そして「分解者」のエサとなり、土に漉き込まれ微生物の活動も活発になります。
土壌微生物や菌類が活発になれば土壌の団粒化が促進されて、豊かな野山のように菌類による地中のネットワークが形成されていきます。
たとえ小さな庭であっても、その自然の働きを助けてあげれば、そのネットワークは植物の根と共に形成されていくのです。
たまに小さなキノコなんかが生えてたりしますね。それは土壌が豊かな証拠です。
微生物や菌類と植物は共生という生き方のお手本だと思います。



テラスに絡みついて太陽を求める枝葉は光合成をして酸素を排出します。
どれだけの恩恵を呼吸する生き物は受けているのでしょう。
植物の営みは、それ自体が動物も含めた「全ての命」との共生です。
それを思うと本当に感謝しかありません。
自分は「アホな動物」ですので、つい「エゴ」に埋もれて動物的思考になってしまうのです。気づいたら元に戻す。何度でも。「植物的思考」そういうものがあるなら、それに近づきたいと思います。


そして自分の仕事は、そんな植物と人間の共生をお手伝いする事です。
「庭」という空間を共に共有する。
植物はそこに暮らす人を物理的にも精神的にも助けます。
庭があり、昆虫が居れば、シロアリ、ゴキブリ、ムカデ、毛虫、などのあまり会いたく無い虫達も、ハチ、鳥、トンボ、クモ、カマキリ、アリなど、その天敵となる虫が共生して、結果として家を守ります。
アリは24時間体制でシロアリをパトロールしています。見つかればシロアリはひとたまりもありません。

そして緑は人に癒しを提供してくれます。
酸素は物質的なエネルギーそのものですし、それはまさに人間の精気そのものだと思います。



上手く共生できるように、枝を剪定したり、草を刈って、風や光の通りを良くします。



「循環」は滞らなければ、それぞれの機能が存分に生かされて、それぞれが相互に作用して、個々での機能以上の効果が発揮できるようになります。

体内分泌や血液循環などの「内の巡り」と風や日光などの「外の巡り」は、実はとても関連してるのではないかと思います。
「気の巡り」というものが、そこには深く関係していると思っています。



そういう風に考えながら庭の手入れをしていると、自分の「気の流れ」も整ってくるような気がします。
多分「掃除」と同じような「精神浄化作用」があるのではないかと思います。
庭仕事は大変さもありますが、セルフメンテナンスができるなら是非オススメいたします。



そうやって、自分のメンテナンスもしながら、私も自分の世界をつくっていきたいと思います。
本当は何も心配する必要は無いのかも知れませんね。
自分の中の「灰汁」を出し、こんな物が出てきたと気づき、まだまだだなと感じ、また植物と向き合う。この繰り返しかも知れません。
ちょっとずつでもそうやって成長できれば良いかなと思います。



ああ、本当に不足はない。
何も間違いではない。
変えなければならないものも何も無い。
全ては自分の中にある。

そんな今日この頃でした。






We asked for the maintenance of the garden of local customers who are always indebted.


Small trees are getting bigger little by little.
Every year, the way of thickening is getting bigger.



Hydrangea is firmly rooted and gaining momentum.

The young trees gradually become familiar with the place and become one with the environment.
I think we will accept the environment as if it were there.
Because plants cannot move, it may be unavoidable, but they always feel they are doing their best in the environment.

I always think that I should not follow the plant, but the “ego” gets in the way and it ’s hard to reach the border of “accepting everything” like a plant.
I wrote an article about “grass” a while ago, but as soon as I wrote it, I had something smoky and withdrawn.
I may have been in that condition if I was a former one. However, Moyamoya did not heal and finally I felt this was my “ego”.



First of all thank you all!
Thank you very much.

Plants wo n’t complain. I will do my best in that place.
That's really true.
“Ego” is a mind that separates yourself from others.
Even if you don't care about environmental destruction, you don't understand organic style, it's nothing else that is happening in your world.
I also appreciate Japan with its pesticides. Thank you for the chemical meal. Thank you for environmental destruction.
Someday they'll be like a house cleaning at the end of the year, saying, "I've been a little messed up and I'll do a general cleaning soon."

There really isn't any shortage. I don't think there is anything that I lack.
First of all thank it.
Thank you very much.



For organic care, cut the grass and pruned branches back to “the place” as much as possible.
Do not take out as much as possible.
Anything that can be left at the root will be used as a natural multi-material. By hiding the bare soil in this way, it prevents moisture from evaporating and protects it from ultraviolet rays.
And it becomes the food of "decomposer", and it is swallowed into the soil and the activity of microorganisms becomes active.
When soil microorganisms and fungi become active, soil agglomeration is promoted, and an underground network of fungi is formed like a rich Noyama.
Even in a small garden, if you help the work of nature, the network will be formed with plant roots.
Sometimes a small mushroom grows. It is evidence that the soil is rich.
I think that microorganisms, fungi, and plants are examples of how to live together.



Branches and leaves that are entangled in the terrace and seek the sun photosynthesis and discharge oxygen.
How much benefit do you receive creatures that breathe?
The life of the plant itself is symbiosis with “all lives” including animals.
I really appreciate it.
Since I am an “idiot animal”, I am buried in an “ego” and become animal-thinking. If you notice it, put it back. Any number of times. If there is something like “plant-like thinking”, I would like to approach it.


My job is to help symbiosis between plants and humans.
Share the space of “garden” together.
Plants help people who live there physically and mentally.
If there is a garden and there are insects, insects such as termites, cockroaches, centipedes, caterpillars, etc. that do not want to meet, bees, birds, dragonflies, spiders, mantis, ants etc. Protect your home as a result.
Ants patrol termites 24 hours a day. If you find it, there will be no termites.

And green provides healing to people.
Oxygen is material energy itself, and I think it is exactly human spirit.



We pruned branches and mowed grass to improve the wind and light so that we can live well together.



If the “circulation” is not delayed, each function will be fully utilized, and they will interact with each other, and will be able to exert more effects than individual functions.

I think that the “inner tour” such as endocrine secretion and blood circulation and the “outer tour” such as wind and sunlight are really related.
I think that the “circulation of mind” is deeply related there.



If you take care of the garden while thinking like that, you will feel that your “flow of mind” will be in place.
Perhaps there is a “mental cleansing effect” similar to “cleaning”.
Garden work can be difficult, but we recommend it if you can do self-maintenance.



In that way, I would like to create my own world while maintaining my own.
You may not really have to worry about anything.
I put out my own “ash juice” and realized that something like this came out. This may be repeated.
I think I should be able to grow that way even a little at a time.



Oh, there is really no shortage.
Nothing is wrong.
There is nothing to change.
Everything is in me.

It was around this time today.

剪定仕事@神戸市灘区



神戸市灘区の現場です。

梅雨の晴れ間を見ながら、剪定のご依頼を頂いた現場に3日ほど通いました。
しっかりと造られた日本庭園で、木の数も多く、全てに手を入れる事は出来ませんでしたが、気になる所をお伺いして、ザッと整える、という感じで作業をさせていただきました。



大きな黒松が数本ありますが、今回は「はさみ打ち」という方法で作業をします。松の剪定方法はいろいろありますが、「はさみ打ち」はハサミだけで芽を飛ばしていくやり方です。
丁寧にやろうと思えば、古葉を指先でもみ上げ(取り除く)たりしますが、はさみ打ちはその手前までの作業です。
職人さんによっても技術は様々だと思いますが、私の場合はこの方法が「はさみ打ち」だと考えています。

もう少し「剪定」について掘り下げて考えてみると、「剪定」には大きく分けて二通りのパターンがあると思います。
写真はカイヅカイブキという木ですが、本来、この木は積乱雲の様な渦巻き状の枝ぶりになるのが自然の姿です。
それを意図的に丸く刈りそろえています。
これが一つのパターンです。
もう一つのパターンは「人間の意図」を用いずに木の自然の枝ぶりに合わせて少し手を加える、というやり方です。
どちらが良い、悪いではありません。
「意図的」な剪定技術も職人の技術として、人間が大切に培って来た「技」だと思います。その「想像力」や研究はとても素晴らしいものだと思います。

ただ自分が、ナチュラルやオーガニックにこだわる理由として、木を「自然形」で生かしてやると、「意図的」に管理するよりも、圧倒的に仕事が楽になる、という事があります。
これについては長くなるので、サッと説明すると、「意図的」に手入れされている木は、全体的に、全てに手を入れないと仕上がらない、という事です。
一方、「自然形」の木はどこか一部、あるいは数カ所に手を入れれば仕上がる、という事です。
「自然形」ですので、枯葉や枯れ枝が不自然に堆積する事もなく、自然の雨風に上手く馴染んだ形態で枝葉の機能を発揮できるので、光合成もしやすく、蒸れによる病害虫の発生も少なく、木の健康には一番良いのではないかと考えています。

剪定の話しから、少し脱線するかも知れませが、自然の姿、本来のそのままの姿を、何かに抑圧されずに伸び伸びと表現する事が出来れば、自然に沿った「在り方」ができるようになり、それは自然と環境からその力を借りることになり、自分の力と自然の力との協力で、環境と一番良い関係で「在る」事ができるのではないかと思います。

人間の世界でも「自分らしくある」事はすごく難しいと思いますが、なんとかそれを克服して、自分らしくある事ができれば、それはとても自然で素晴らしい事であり、もしかすると自然も応援してくれるかも知れません。



梅の実を収穫させていただきました。
梅干しはスーパーフードですよね、そして薬でもあります。



剪定もなんとかザッと気になる所をさせていただけたと思います。
お茶やオヤツのお心遣いも、ありがとうございました。
オーガニックにこだわる理由についても少しご理解いただけたかと思います。
アリはどうしたらいいか、というご質問を頂いた時、アリはシロアリの天敵だという事を説明させていただきました。24時間体制で隈なくほとんどの場所を偵察してくれます。
昔の木造住宅は、そんな自然の仕組みとも、上手く手を組んで完成していたのではないかと思います。

庭の事を通じて、いろいろな事に思いを馳せて、お話しができる事を有り難く思います。


何か一つの「気づき」がその次の「気づき」を生むのではないかと考えます。
「自然形」のメリットは人間に置き換えると、「自分らしく生きる」という事になるのかも知れません。
しかし現在、「自分らしく生きている」と言える人はどれくらいいるでしょうか?
自分も含めて、もしかすると、とても少ないかも知れません。
どうして? なぜ?
さらに考えてみると、いろいろな理由や仕組みを知ることにもなり「情報」それ自体にも、確かなものと嘘があると気づいていくと思います。

この社会の構造は、人間が作り上げたものであり、そのシステムは「自分らしく生きる」という人間本来の姿を抑圧するものなのかも知れません。

難しい事を書いてしまいましたが、できれば、少し冷静に、一度考えて頂きたいのです。
庭園管理の常識も、よく考えてみると、現代の社会構造の上に出来上がった「常識」である事に気づくと思います。

人間も自然の一部であるなら、「自分らしい自然な姿」を表現していきたいと願っています。







It is the site of Nada-ku, Kobe City.

I went to the site I received a request for pruning for about 3 days while watching the sunny season during the rainy season.
In the well-built Japanese garden, there were a lot of trees, and I could not put my hand in all, but I asked about the area I was interested in, and I was working in the feeling that I was ready. Yes.



There are a few large black pines, but this time I will work with a method called “scissor strike”. There are various ways of pruning pine, but "scissor hit" is a way to fly shoots with scissors alone.
If you think that you do carefully, you will look up (remove) old leaves with your fingertips, but scissoring is the work up to that point.
I think that the technology is different depending on the craftsman, but in my case, I think that this method is "scissor strike".

If I think about "pruning" a little further, I think that "pruning" is roughly divided into two patterns.
The picture is a tree called Kai-Ki-buki, but it is natural that this tree has a spiral-like branch like a cumulonimbus cloud.
I intentionally cut it round.
This is one pattern.
Another pattern is to add a little hand to the natural branches of trees without using "human intention".
Which one is good, not bad.
I think that "intentional" pruning technology is also a skill that has been carefully cultivated by humans as a craftsman's technology. I think that "imagination" and research are very wonderful.

However, as one of the reasons for me to stick to natural and organic, there are things that when working with trees in "natural form", work is overwhelmingly easier than managing "intentionally".
This is a long time, so to say briefly, "intentionally" the trees that are being cared are generally not finished unless everything is done.
On the other hand, "natural shape" trees are finished if you put your hand somewhere or some places.
Because it is a "natural form", dead leaves and dead branches do not accumulate unnaturally, and since it can exhibit the function of branches and leaves in a form well adapted to natural rain winds, it is easy to photosynthesize and the occurrence of pests and diseases due to steaming is small. I think it is the best for your health.

From the story of pruning, you may derail a little, but if you can express the figure of nature and the original figure as stretching and stretching without being suppressed by something, you will be able to “follow the nature” Then, it comes to borrow its power from nature and the environment, and I think that we can be able to "presence" in the best relationship with the environment by the cooperation of our own power and the power of nature.

Even in the human world, it is very difficult to "be like yourself", but if you can somehow overcome it and do what you like, it is a very natural and wonderful thing, and maybe nature will also support you I do not know.



We harvested plum fruits.
Umeboshi is a super food, and it's also a medicine.



I think that I was able to let you do something about pruning somehow.
Thank you very much for your consideration of tea and tea.
I think I could understand some of the reasons for sticking to organics.
When asked what ant should do, he explained that ant is a natural enemy of termites. They will rectify most of the area 24 hours a day.
I think that the old wooden house was completed well with such a natural mechanism.

I am very grateful to be able to talk and think about various things through the garden.


I think that one "notice" will produce the next "notice".
The merit of "natural form" may be to "live like oneself" when it is replaced by human.
But how many people now say "live like yourself"?
Maybe there are very few, including myself.
why? why?
If you think further, I think that you will also know various reasons and mechanisms, and you will notice that “information” itself has certain things and lies.

The structure of this society is what human beings created, and the system may repress the human form of "living like myself".

I wrote a difficult thing, but if I could, I would like to have you think a little calmly once.
Common sense of garden management thinks that it is noticed that it is "common sense" finished on modern social structure if we think about it carefully.

If human beings are also part of nature, I would like to express "a natural figure like oneself".

移植と芝生植栽@大阪市


大阪市の現場です。

中庭の植木の移植と掘り取り、そして芝生の植栽のご依頼を頂きました。

下町の雰囲気がある街中のお庭で、個人経営の商店街なんかもある、懐かしい感じの街でした。



移植するのはツバキの木、毎年花が沢山咲いて綺麗だとの事で、中庭の真ん中に植えられていたのをフェンス側へと移植します。
植木の移植は人間で言えば大手術をするようなもの。
大地に根ざしている根を移植可能なくらい(人が運べるように)掘り取って行きます。

本当は根っこをそのまま切らずに掘ってあげることが出来れば、木の負担も少なく済むのですが、現実はそうもいきません。
木の生命線である「根っこ」は木の本体でもあります。
地上の部分も大切ですが、根っこは幹や枝はよりも大切だと考えています。
出来るだけ負担の少ないように細根を付けて慎重に手掘りをしますが、地中深くや大きく横張りしている根は切って行きます。
お家の方も「手間のかかる事ですね」と仰っていました。


枝葉を剪定して、フェンス側へと移植しました。

そして今度は芝生の植栽の準備です。
土はまあまあの粘土土。近くに川も流れていますし、粘土質なのも納得します。水はけはあまり良くなさそうでした。
同じ場所に生えているモチノキを剪定した枝葉を少し混ぜながら整地し、ツバキが植わっていた場所には太めの枝を入れて、元のツバキの根っこがあったような状態にします。
敷地の真ん中に、枝で雨が浸透しやすいように配慮をしました。
真っ平らではなく、カマボコ型の地形にして、表面の排水にも考慮します。



塀際や壁際は少し溝を作って、そこからも雨が浸透しやすいようにしておきます。
ツバキは根を半分くらい地上に出した感じで浅植えにします。
そうすると根の呼吸がしやすくなり、こういう粘土質のコンクリートで囲まれた環境では木の負担も軽くなります。
根が暴れにくくなるので、枝の伸びも抑制できて細根も発達しやすくなります。



パーク堆肥と籾殻くん炭を入れて鍬で混ぜ込み整地します。
くん炭は多気孔で微生物の良い住処になり、形状も変わらないのでパーライトなどの土壌改良材の代わりにもなります。
微生物の力を借りられるので、よく使う資材です。

芝生は姫高麗芝を植栽しました。
高麗芝よりも葉が柔らかく、手触りや足触りも良いです。

モチノキの根占に鉢植えのアジサイを直に植え直して、いい感じに。

水やりの事や、移植による「傷み」の事などを説明させていただいて、作業を終えました。

日当たりも良いので、ここでテーブルかレジャーシートなどを広げてお茶やお食事などされても良いと思います。

色々楽しみですね。
ありがとうございました。





It is a site of Osaka City.

We received a request for transplanting and digging garden plants in the courtyard, and planting lawns.

It was a garden in the downtown area with the atmosphere of downtown, and a town with a nostalgic feeling, such as a privately owned shopping street.


It is a camellia tree to transplant, and a lot of flowers bloom every year and it is beautiful, and it transplants to the fence side what was planted in the middle of the courtyard.
Transplanting a plant is like a major operation in human terms.
We dig out the roots that are rooted in the earth so that they can be transplanted (as people can carry them).

Actually, if it is possible to dig the root without cutting it, the burden on trees will be less, but in reality it does not.
The "root" that is the lifeline of trees is also the body of trees.
The ground part is also important, but I think that roots and branches are more important than roots.
I carefully dig in the roots as thin as possible without burdening as much as possible, but I will cut the deep and large horizontal roots.
The house also said, "It takes time and effort."


We pruned branches and transplanted to the fence side.

And this time is preparation of the planting of the lawn.
The soil is so-so clay soil. The river also flows nearby and I am convinced that it is clayish. The drainage seemed not to be very good.
Mix the leaves and leaves of prunus mochi grown in the same place a little while mixing them, place a thick branch where the camellia was planted, and make the root of the original camellia.
In the middle of the site, we took care to make it easy for rain to penetrate in the branches.
It is not flat and has a cobble-shaped topography, and it also considers drainage of the surface.


I make a ditch a little on the edge and the wall so that rain can easily penetrate from there.
The camellia planted the roots in a shallow planting with about half of the ground.
This will make it easier for the roots to breathe, and the burden on trees will be reduced in environments surrounded by such clay-like concrete.
As the roots are less likely to go wild, the growth of branches can be suppressed and the fine roots will also be easier to develop.

Put in the park compost and rice husk charcoal and mix it with a bale and prepare.
Coal charcoal is a multi-porous, well-dwelling place for microorganisms, and its shape does not change, so it is also a substitute for soil conditioners such as perlite.
Because we can borrow the power of microorganisms, it is a commonly used material.

The lawn planted Himetaka Reishi.
The leaves are softer than Takareishi, and the feel and feel are also good.

I replanted the potted hydrangea directly to the root of the persimmon, and it felt good.

I was able to explain about watering and "damage" caused by the transplant and finished the work.

As it is sunny, I think that it is good to open a table or a leisure seat here and to be served tea or meals.

I look forward to everything.
Thank you very much.





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